女優とTVディレクターの
許されない愛を描く
長編恋愛小説

b.とその愛人

'97年1月上旬、実業之日本社から発売されました。

「b.とその愛人」書き出し部分

 利加子はおれをbと呼ぶ。ビーではない。ベーだ。アニエスb.の服ばかり着て、古いBMWに乗っているからなのだそうだ。
  アニエスb.は、もう十年以上も前に、ぼさぼさの髪にでも似合いそうなところが気に入って買った。根が無精で、洋服のことなどにセンスがあるほうだとは自分でも思えないから、知り合いになった店の人が季節ごとにすすめてくれるのを着ている。それだけだ。だが確かに、今ではスーツばかりではなく、シャツもソックスもみんなアニエスb.だ。
 BMWも、別に面白い車だと思って乗っているわけではない。仕事が忙しく、車のことなんかで苦労したくないから、故障が少ないこのクーペを乗り継いでいる。
 だがほんとうは、利加子がおれをベーと呼ぶのには、他に理由がある。女優である彼女がプロデューサーのおれを、誰かがいる場所で沢野亮一という本名で呼ぶのは都合が悪いことが多い。 たとえばロケの現場で、利加子は事情を知っているスタッフに言う。
 今日はベーはこられないの? 
 六時にいつもの店で待ってってベーに伝えて。 
 わたし、べーと喧嘩しちゃって、機嫌わるいんだ。 
 ベーというのは、暗号みたいなものだ。
 いつだったか、ベーなんて呼ぶのはやめてくれと言ったら、だったらどう呼べばいいのか、と喰ってかかられたことがある。ちゃんとしたカップルなら、みんなの前で亮一さんとでもあなたとでも呼べるのに、ベーが離婚してくれないから秘密にしておかなければならないんじゃないの、と。それ以来、おれはこのあまり有難くない呼び名を黙って受け入れることにしたのだ。この頃では、局の親しい連中までが、おれをベーさんとかベー先生と呼ぶ。

★ 

 ぼくが大好きなアニエスb.

 ぼくにとってアニエスb.という洋服は、音楽と文学に気ままに架けられた橋みたいなものだ。ブルースやロックンロールが好きな自分と小説を書いている自分が、アニエスb.がデザインした洋服に身を包んでいると、不思議に分裂しないでいられる。
 もっとも、この小説の主人公と同じでぼくは無精なので、他の店に出かけるのがめんどうなだけなのかもしれない。もう十年以上、Tシャツやソックスからジャケットやパンツまで、リーバイスのジーンズを除くとほとんど全部がアニエスb.である。
 今度の新しい小説『b.とその愛人』は、有名女優と敏腕TVディレクターの恋愛を通して、そんな気分を描きたかった。
 第一稿が出来上がるのは早かったのだが、書き直しに時間がかかった。第六稿あたりが、完成原稿となったのではないだろうか。
 長編恋愛小説は初めてだし、エゴイストのぼくはもともと恋愛を描くのは上手なほうではないので、苦労してしまった。書き直しに時間を費やしているうちにMacintoshに夢中になり、このホームページも自力で作りはじめた。『b.とその愛人』の中でも男が女優にPowerBookをプレゼントし、二人が力を合わせて彼女のホームページを作る、というようなエピソードをつけ加えた。このあたりから、小説が自分で動き始めてくれたような気がする。
 そう言えば、お店の人に聞くとアニエス女史は自由な気分の持ち主のようで、ミック・ジャガーに頼まれてストーンズのパーティに会場を提供したり、知り合ったばかりのパティ・スミスとそのままヴァカンスに出かけてしまったりするような方らしい。ぼくが尊敬する女性の一人で、いつかインタビューできないものだろうか、などと思っている。 このページの最後にリンクボタンをつけておくので、ロックや映画や文学や、すべてのアートと腕を組んで歩いて行くアニエスb.のホームページを訪れてみると楽しいだろうと思います。扉は黒ベースに白抜きのロゴが入る、洒落たページです。最初にedelwedというフランスのwebのガイドページが出るので、This linkというボタンをクリックすると、つながります。

 PS.ときどき、「黒革と金の鈴」を出したりすると、この作家は女の気持ちがわかっている、なんてほめてもらえることがあるけど、b.みたにさ、ぼくも情けないほどに苦労してきたんだよね。あ、ごめん。愚痴言ってもしょうがないね。

agnes.bのHPへ