| 第6章 クマのプーさんを書いたA・A・ミルンは、ブライアン・ジョーンズのヒーローでもあった |
父のミルンが亡くなった1956年に娘ができるが、娘のクレアは脳性小児麻痺で、生まれつき歩くことさえできなかった。娘のクレアには自分達両親しかいない、という想いがやがてクリストファーを、娘と共にいながらできる仕事、つまり作家活動に向かわせ、『クマのプーさんと魔法の森』、『クリストファー・ロビンの本屋』が生まれることになった。
そして、そこで描かれた一人の大人の男、クリストファー・ロビンの人生は荒々しく時に過酷で、だが彼はあきらめずに根気良くそいつに立ち向かっていく。プーの世界は、あまりにも遠いと言わなければならない。その落差には、目眩を感じるほどである。
ある種の幼児性、イノセンス、子供であることが時に人を深く傷つける。風の強い日にプーさんがコブタ君を傷つけてしまうように、父親の作家は息子の人生を傷つけてしまう。よかれと思ってしたことが、大切な相手に回復不可能なほどの痛手を負わせてしまう。そういうことが、あり得るのだ。
クリストファーというモデルが実名で登場し、プーさんが彼のぬいぐるみであったからこそ、あの童話の世界はあれほどに輝いたのだろう。だがそいつが目映いばかりに輝けば輝くほど、大人になったクリストファーの落ちる影はくっきりと暗くなった。
プーの悲しみは、まさに、この一点に存在するのではないだろうか? だが実は、クリストファーに落ちた影、彼を襲った悲しみはかつて男の子だった人間すべてに共通するものかもしれないのだ。そのことに、ぼくはずいぶん後になってから気がつくことになった。