■iNovel制作日記■ text by 佐藤朋子(装幀担当)
 
1999年
9月4日

 iNovel『Angels』には、「天使が浮かんでいた」「鏡の中のガラスの船」「さよならの挨拶を」「水晶の夜』が、『Rocks』には、「どこか狂った川の畔で」「メリーポピンズ達」「湖に墜ちた流星」「ロックス」「蜂の王様」「鋼のように、ガラスのように」「ぼくのR&Rさえもが、死のうとしている」「黒い雄牛」が収録されることが決定。
 デビュー作を含んだ収録作品群は、十年以上も前のものばかりだ。今でこそ最新のマッキントッシュに向かって原稿を綴り、出来たものはプリントアウトさえせず、通信でそのまま編集者に送るという、デジタルワールドの住人である山川健一氏だが、当時はワープロさえ使用しておらず(普及していなかったのだが)、原稿はすべて手書きだった。
 今回、特に苦労したのは、テキストデータの残っていないこれらの作品を、単行本や文庫本から1頁ずつ、OCRソフトでスキャニングして読み込む作業だった。四六版600頁ほどにもなる量の原稿を2冊分、スキャニングしてテキストデータに起こすという気の遠くなるような作業が、スタッフによって手分けして夏前から行われていた。さらに読み込んだものを丁寧に校正して、初めて著者の手に渡るのだ。

9月8日
 写真家の小川義文氏によって、iNovel全7冊分のカバーの写真が撮影された。「山川さんの作品集だと思うと、自然と力が入っちゃったよ」と小川氏が言うだけあって、どれも素晴らしい出来である。写真はすべて、「Angels」「Rocks」「Love」「Riders」「Message」「Mystic」「Millennium」というタイトルから、小川氏がイメージしたビジュアルを形にしたものだ。すべてモノクロームの写真のなかで、大胆さ、かつ繊細さが表現され、それぞれのタイトルにもぴったりはまっている。山川氏の小説世界そのもののようだ。この写真は現在、"BE HAPPY !"(http://www.yamaken.com/)で見ることができる。
 写真を見せられた山川氏は、「かっこいいぜ!」と喜んでいた。こうして、原稿以外の周りのものがだんだん出来てくると、著者としては、普通プレッシャーを感じるものだと思うのだが、山川氏は逆にやる気が出てきたらしい。タフだ。
 この作品集では、今までに書いた小説を、現在の著者の視点で新たに書き直している。つまり単なる校正ではなく、その小説を書いた当時のテンションを取り戻した上で、更に時間を重ねた経験を前提に手を加えていくわけだ。登場人物の名前なども変更されているケースもある。あるいは、小説に描かれたコンピュータ事情も当時のマイコン時代と今とでは雲泥の差である。そのあたりの溝を著者がどのように埋めていくのかを見るのは、読者にとっては新たな楽しみでもあるのだが、これは大変な作業であろうと想像できる。
 改めて、収録作品のラインナップを見てみる。著者の膨大な作品群のなかで、インターネットによる読者の生の声によって選抜されただけのことはある、珠玉の中・長編小説がそろっている。読者一人ひとりにとって、それぞれの作品には、それぞれの思い出や個人的なストーリーがあると思う。私にとってもそうだ。「過去の作品を読み直す、というのはとても苦しい」と山川氏は言っていた。大勢の読者の想いがこめられた小説が、それぞれの思い出とともに蘇ることを期待したい。

9月15日
 iNovelの発売元である、メディアパルの小柳さんから連絡がある。取次店のトーハンが発行している、『新刊ニュース』に全面広告を載せてくださるということだ。メディアパルは、じつはトーハンの100パーセント出資の子会社で、編集部もトーハンの中にある。急いで版下を作成する。この小冊子は、全国の書店に配布され、注文時の参考にされる大事な媒体である。ここに、1頁分、「Angels」と「Rocks」の広告を入れてくれるのだ。急ぎの発注だったため、写真なし文字のみのシンプルなデザインになる。版下もマックからプリントアウトしたもので間に合わせるということで、PSプリンタのある、山川氏の自宅にスタッフが集合。
 連日の校正作業のために寝不足の山川氏と長吉氏は、疲れた様子。インスタントラーメンばかりで栄養不足の氏のために、駅前の肉屋さんで、しょうが焼き弁当とサラダを買って行ったらとても喜んでくれた。
 PSプリンタはタンジェリンのiMacにつないであった。Illustratorというアプリでつくったファイルを立ち上げ、普通のコピー用紙よりキメの細かい高級紙にプリントアウトした。印刷がとてもキレイなので山川氏もお気に入りのPSプリンタである。RC編集部でも最近、同じものを購入したらしい。ちなみに山川氏のうちにはiMacが2台あるけれど、iNovelの校正は、G3PowerBookでやっているそうだ。今後のプロモーションについて打ち合わせする。"Be Happy"で感想文を募集したり、予約してくれた人には何かプレゼントをしようということになった。

9月20日
 山川氏から、校正を終えた分の原稿がメールで送られてきた。私は装幀と本文デザインを担当しているのだ。QuarkExPress3.3であらかじめ作っておいたフォーマットに、次々と流し込んでいく。「Angels」だけでも600頁を超える量だ。初校ゲラを渡したら「昔の俺はえらかったんだな」としみじみする山川氏。

9月24日
 装幀ラフ案をいくつか作り、山川氏と小川氏に意見を聞く。「Angels」のイメージカラーがブルー、「Rocks」が赤だ。
「もう少し、"痛い"感じにならないかな?」と言うのは小川氏だ。力強く、かつ繊細なイメージだと言う。その他いろいろ意見を聞き、修正したものを"Be Happy"のトップページにアップする。

10月12日
 五木寛之さんに、iNovelについて相談に行くというので、私もスタッフとして同行させていただいた。五木寛之さんは、山川氏の作家としての先輩でもあり人生の師匠でもあるのだそうだ。東京プリンスホテルで中華料理を食べながら、お話をうかがうことになった。執筆以外の時にはいつも軽いタッチの山川氏だが、さすがに五木さんの前では神妙な面もちだった。仏教関係の質問を多発。山川さんが誰かに何かを質問することもあるんだなあ、と妙なところに感心。あんなに真面目な顔の山川氏を、私は初めて見たかもしれない。
 出版界の常識をぶっちぎった、画期的な試みであるiNovelの意味について説明する山川氏。それに対して、現在の出版事情を憂える五木さんは、こんな風に答えてくださった。
「山川君のやろうとしていることは、今の出版界においては二歩も三歩も新しいことなんだよ。いずれ、そういう時代が訪れるだろうけれど、開拓者にありがちの、種をまく人で終わってはならないよ。種を植えたら、必ず刈り取らなければいけないんだ。そうでなければ意味がないからね。だからこそがんばって新しい時代をリードしていって欲しい」
 ……というような内容だったと思う。
 深くうなずく山川氏であった。

10月22日
 山川氏から、スタッフ全員に緊急呼び出しがかかる。東海村臨界事故を前提に、「セイヴ・ザ・ランド」を書き直ししているとのこと。これを他の小説を削って「ROCKS」に収録したいとのこと。みんな、青ざめる。間に合うのだろうか?

10月26日
「セイヴ・ザ・ランド1999」が脱稿、原稿がスタッフにメールで送られた。11月4日 「セイヴ・ザ・ランド1999」の校正をした長吉氏が"BE HAPPY !"のBBSに「『セイヴ・ザ・ランド1999』はリアルに西暦1999年の作品へと生まれ変わっていた。言っておくが、これは単にヴァージョンアップされた作品ではない。今俺は、山川健一とこの10年間をともに歩んできて、心からよかったと思っている。全ての魂を癒してくれる力を感じた。小説というものの底力を思い知った。俺は、山川健一のマネージャーであると同時に、読者であったことに喜びを感じる」と書き込んだ。

11月8日
 みんなで手分けして校正しているただなか、石野みどりさんがBBSに「努めて冷静に、感情移入しないように原稿をチェックしているつもりでも、ふと気づくと作品の世界に引きずり込まれて泣きそうになっている自分………。作家・山川健一先生はちゃんと時代と向き合って闘ってるよ! ママチャリのリラックスしたエッセイもいいけれど、やっぱりyamakenにはロックしてほしい!」と書き込む。

11月9日
 3日間、仮眠のみの徹夜を経て、ようやく午前中にiNovel"Angels""Rocks"の入稿を終えた。内容はもちろん、装幀の方もお楽しみに。ふつう、作家の作品集というと、箱に入っていたり、クロスカバーに金の箔押しだったりと、重厚なイメージを想像するが、iNovelは従来の作品集のイメージをくつがえす派手でポップなものになった。こんな作品集ができるのは、きっと、山川健一という作家だけなんだろうなあと思う。それにしても、「天使が浮かんでいた」「鏡の中のガラスの船」「さよならの挨拶を」「水晶の夜」をつづけて読む、この感動は言葉にうまく出来ない。あなたも、ぜひ体験してみてくださいね。退屈な日常で、涙を流せるほどの作品に出会える私達は、ほんとうに幸せだと思う。


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