『黒革と金の鈴』発売記念インタビュー
山川健一がSEXについて語る



 フリーランスで編集の仕事をしている年下の友人が、インタビューしてくれた。ぼくの年下の男友達というのは、例外なしに生意気なのが多く、彼もそういう中の1人である。だがそのおかげで、一風変わったインタビューになったと思う。上がってきた原稿の、「おまえ、さすがにこれはマズいだろう」という箇所をカットし、お届します。


PHOTO(C)SATISFACTION

■うまく言えないけど、あれは不思議なメディアだよね 
──まず、山川さんが「宛て名のない手紙」に書いた、「最後の短編小説集」というのが、密かに話題になってますが。
山川 ああ、ごめん。あれを読んでショックで寝つけなくなったとか、いろいろメールをもらった。ストーンズが最後のツアーだって宣言するみたいなものだ、とかさ。
──ぼくもそう思います。
山川 まあ、あれは「そういう覚悟で」という意味だからさ。文学の女神も女の人なんだろうから、きっとぼくを見捨てたりはしないと思うよ。
──そうそう、その調子でしょう、やっぱ、ヤマケンは。
山川 でもバンドとか恋愛とか、それに小説を書くってこととかさ、「これが最後かもしれないな」って覚悟はいつでも持っているべきだよね。
──この小説は、携帯電話のサイト、Automatic Loverに連載されたわけですが、なぜ携帯というメディアを選んだんですか?
山川 それはごくシンプルで、FESという会社から依頼されたからです。でも、サディズムとか官能とか、そういうものをテーマにしようと決めたのはぼく自身だよ。ほら、携帯って、PCと違って他人にモニタを見られないでしょう。だったら秘密っぽいもののほうがいいかな、と思って。
──たまには自分で読んだりしてますか?
山川 誰かと待ち合わせてる時とかさ、よく見るよ。なんか、不思議だよね。まるで自分じゃない、誰かぜんぜん知らない人が書いた小説を読んでるみたいだね。トリップしてる気分というか。カフェで携帯のモニタを見てて、ふと顔をあげると、アーウィン・ショーじゃないけ、夏服を着た女達がガラス窓の向こうを歩いていて……。うまく言えないけど、あれは不思議なメディアだよね。
──前に『S&Mスナイパー』に『スパンキング・ラヴ』が連載されたのは『セイヴ・ザ・ランド』の直後で、この『黒革と金の鈴』も『死ぬな、生きろ。』というハードなエッセイ集の後ですよね? そういうふうに、左右に大きく自分を振ることでバランスをとってるのかな、と思ったんですが。
山川 ああ、なるほどね。そういうところはあるかもしれないね。無意識のうちにね。
──久しぶりのピュアな恋愛小説集ですね。
山川 恋愛小説? ポルノグラフィじゃないの?
──ポルノグラフィでもあり、恋愛小説でもあり、でも透明で尖っていて、男が弱さをさらけ出していて、ああ山川健一の小説だなあと思いました。
山川 性ってものは難しいよね。
──セックスの話を聞いてもいいですか?
山川 いいよ、なんでも。
──先日出版された幻冬舎の書き下ろしである『歓喜の歌』でもそうだったわけですが、新しいセックス観が呈示されているというか、その辺は山川さん、変わりましたよね。
山川 ローリング・ストーンズに"(I CAN'T GET NO) SATISFACTION"という曲があるでしょう。
──この間の誕生パーティで、ものすごく久しぶりにルーディの" SATISFACTION"聴けて、うれしかったですよ。
山川 あの曲のコーラス部分の歌詞は、"I can't get no satisfaction "(俺は満足できない)って歌詞なんだけど、なかにさ"I can't get no girl reaction "という歌詞があるんだよね。つまり「俺は女の子をイかすこともできない」ということだよね。これって、ロックにおける性というものをものすごくクリアに象徴していると思うんだ。
──ローリング・ストーンズは昔から、男権主義的なバンドとして売ってきたわけですよね。ビートルズとは対照的に。
山川 イメージ戦略としてね。それは、1960年代、70年代のロンドンがあまりにも保守的でタイトだったから、ガツンと一発おみまいしたわけだよね。でも、いずれにしてもさ、女の子をイかすことができるというのが、男の性的なアイデンティティだったんだと思う。ロックが体現したのは、「俺は金もないし、社会的な地位もない。ただのロックンローラーなんだけど、女の子はイかすことができる」という価値だったんだと思うんだよね。ローリング・ストーンズは60歳になっても、明らかに女の子をイかすことができる人達で、そういう人達がショーを繰り広げている。
 ジョン・レノンも反戦の一環として「男らしさを証明するのは簡単だ。女とやればいいんだ」って言ったことがあってさ。知ってる?
──いえ、それは知りませんでした。"Make love, not war"ということですね。 
山川 そうそう。だけど、今のぼくらの問題というのは、女の子をイかせることができないというところにあるんだと思う。女の子とベッドインしても彼女に満足を与えることができない。それってさ、自分も満足することができないってことでしょう。そういうような毎日を、等しく全員が生きているんだと思う。ロックするためには、あるいは男らしくあるためには、男は女の子をイカせなきゃいけなかった。そういう基本的なアイデンティティが保てなくなってきたんじゃないかな。

■歪んでいる状態でバランスがとれていればいい
──うーん、なるほど。しかし、なんでそうなったんですかね?。
山川 理由はいくつかあると思うんだけどさ、フィジカルな問題は大きいよね。じつは『歓喜の歌』を書き始めるキッカケはさ、小学生の子供を持つお母さんたちのPTA会合後のお茶の席の話なんだよね。30人のクラス中、つまり男子生徒15人のうち、性器異常の子供が3人もいるという話を聞いたことがあってさ。環境ホルモンのせいだよね。
 環境ホルモンのせいでフロリダ州のワニの80%のペニスが異常だというデータもあるでしょう。そのうち性器の異常は猿に来て、すでに人間まで来ているんだと思うよ。中学生以下の子供たちにはすごく多いと思う。
 そういう時に人工受精の技術が進んだり、クローン人間が誕生したというニュースが流れたり、この時期の一致というのは到底偶然とは思えないんだよね。今、ぼくらはそうとう特殊な時代を生きているんだと思う。生命体としてのオスが非常にきわどいところに追い込まれてるってことだよね。オスがオスであることのアイデンティティを構築できないでいる。
──ああ、なるほど。へヴィだなあ。表題作の「黒革と金の鈴」の主人公の男も、セックスそのものには重きを置いていないですよね。彼は不能ではありませんけど。別に性器異常でなくても、今は普通のセックスをすることが不可能な時代なんでしょうか?
山川 じゃあ、反対にぼくが聞くけどさ、「普通のセックス」ってなに?
──えっ……。
山川 いや、意地悪な言い方だったかもしれないけどさ、たとえば君がここでガールフレンドとセックスしているのを10人の人間が見るとするでしょう? 観察するわけだよね。そのうち、果たして何人が「うん、これは普通のセックスだな」って言うと思う? つまりぼくが言いたいのは、そんなものはないってことなんだよ。
──セックスに話題を振ったのは失敗でした。汗かいてきましたよ。
山川 「黒革と金の鈴」の主人公の男は、きっとね、反抗者なんだと思うんだよね。何に反抗しているかというと、グローバルスタンダードという名のもとに定義されている「普通のセックス」ってものに反抗しているんだよ。今は、非常に個人的であるはずの性的な生活そのものがマニュアル化されているでしょう。そういうのは嫌だ、と思ってるんじゃないだろうか。
──意識的にですか?
山川 いや、もちろん無意識的にだよ。たとえばアダルトビデオは男がマスターベーションするための一種のファンタジーでしょう。でも最初にそれに接しちゃった男は、顔射しないとイッタ気がしないらしいんだよね。フィクションと現実がごっちゃになっているいい例だよ。ぼくらが子供の頃は、友達や先輩に教わって「おまえが考えているより下にあるから角度に気をつけろ」とか、性の話は一次テキストだった。ところが今じゃ二次テキスト、三次テキストになっているからね。
──それより山川さん、女性誌のほうが問題多いですって。
山川 女の子も女の子でそういう雑誌の手記みたいなの読んで、今の自分はめくるめく快感までイケてないんじゃないかという不安があるだろうね。これは、オーガズム・コンプレックスだよ。今は性のスタンダードというものが既に存在していて、それに自分を合わせなきゃいけないというプレッシャーのなかでセックスをしなければならない。そこに不幸があると思うな。
──変態でもいい、と。
山川 この間、12歳の中学1年生が4歳の男の子に性的ないたずらをした上で殺したでしょう。ぼくの息子がちょうど12歳でさ。たまに会った時に「お父さん、あれって変態だよね?」って言うわけよ。
──なんて答えたんですか?
山川 いい変態と悪い変態があるんだ、って言ったんだ。どんなことをしても、男どうしであろうがSMであろうが、お互いに心が通い合っているのはいい変態である、と。でも、12歳の中学1年生に殺される時、4歳の男の子には恐怖しかなかったと思う。とても心が通い合ってるとは言いがたいわけで、そういうのは絶対に許されるべきではないと思うよ、って言ったんだけどさ。
 性なんてものは千差万別で、非常に個人的なものだし、歪んでいてもいいと思うんだよ。フェティッシュであろがレズビアンであろうが、歪んでいる状態でバランスがとれていればいいわけだから。そんなふうに各自がスタンダードというものをどこかで乗り越えなきゃいけないのに、みんな、乗り越えられないでいる。
──この短編集には、レズビアンもSMも、それに赤ちゃんプレイも登場しますけど。『歓喜の歌』の男女ともイクということの対極にいる人間でしたし。
山川 みんな、スタンダードセックスから降りた人達だよね。階段を降りていったところで、でもそこにも幸福があるんだとぼくは思うんだよね。
──山川さん自身は赤ちゃんプレイとかSMとか、やってみたことはあるんですか?
山川 その質問にはノーコメントだな。でもさ、ペニスを勃てて女に奉仕することによって、相手が喜ぶのを見る。つまり、自分は”認識者”として女と接することによって、男は女の十分の一ぐらいの快楽をいただくというのがこれまでのパターンだったと思うんだよね。でも、それって違うんじゃないのかな? ほんとのセックスというのは、自分が”行為者”になって、つまりセックスの現場では男も女もないってところまでいかないと、ほんとの快楽って実はないんじゃないか、とは思うね。
──男でも女でもない、性差を超えたところに実は快楽があるのかもしれない、と。
山川 やっぱり、大切なのは心が通い合っているということなんだよね。ぼくはそう思うな。赤ちゃんプレイとかSMとか、外側の様式はなんでもいいんだよ。その結果として、相手を愛せるかどうか、ということが問題なんだよ。何もしなくてもいい。心が通じていればね。そうでないと、マスターベーション以上の快楽を得ることは出来ないと思う。それは無駄撃ちだよね。

■「今も毎日泣いてるよ」……って書いておいてくれよ
──ぼくらが生きる今のこの時代が、性的な危機の時代だとして、それを乗り越えるにはどうしたらいいと思いますか?
山川 ひとつには、オスであることから降りちゃうことだね。
──それは、なるほどって気もしますけど、ひとつ問題があると思うんですよ。それを、山川さんがよく言うGOD OF ROCK'N'ROLLが許して下さるかどうかという……。
山川 ROCKという4文字が表す価値観は「自分らしくある」ってことなんだよ。今、男である自分という枠組みの、もう一つ下の階段に降りちゃうべきだね。性という物が介在する前、男にも女にもなっていない時期の自分、そこに戻るしかない。
  ボーヴォワールが、かつて『第二の性』というベストセラーを書いたけれども、ぼくたち全員が『第三の性』という、限りなく個人的な自分の本を書いていくべきなんじゃないかな。セックスの不可能性の問題は、それほど深刻だと思うよ。
 もうひとつは、「黒革と金の鈴」の主人公のように、グローバル・スタンダードを一回跳ね返さなきゃならない。
 グローバリゼーションというのは、グローバリゼーションというその名前とは裏腹に、アメリカ的な価値観をみんなに押しつけるってことでしょう。セックスの問題も、ぼくらはアメリカ的なスタンダードを押しつけられてきたんだと思う。常に勃起可能で、セックスしないと離婚の理由になるというアメリカ的価値観と、アジアに住んでるぼくらの価値観はやっぱり一致しないとぼくは思う。
──この間の誕生パーティの講演で道教の話をされていましたが、あそこに繋がるわけですか?
山川 そうそう。だから、日本人のぼくらが抱える和魂というものこそが、ぼくら自身のロックスピリットというものである、とぼくは思うわけよ。それがミック・ジャガーやキース・リチャーズとズレていても、そんなの当たり前でまったくノー・プロブレムなんだって。それからさ、性は政治なんだよ。国家権力がすごくしっかりしているからこそ、結婚制度が成立可能なんだよね。一夫一婦制というのは、国家権力が崩壊すると同時に崩壊するんだと思う。今、ごく普通の夫婦の関係が崩壊してきている。それは、国家というものの意味が崩壊してきているからだよ。
──アメリカ的な性の価値観に縛られてきた、と思いますか?
山川 日本は文化的にはほとんどアメリカの植民地で、だからアメリカのスタンダードとしてのセックスを押しつけられてきたんだよ。それを跳ね返して、アジアの人間としての自分の性の生活を築き直さないとダメだと思うけどね。
──ところで、『黒革と金の鈴』のなかの短編小説で、ご自分ではどれがいちばん好きですか?
山川 それは難しい質問だね。どの女性がいちばん好きかって質問になら答えられそうな気がするけど。君は?
──「19回目の神経衰弱」は、はっきり言って泣きました。あれは男も女も「男」・「女」というだけで名前が出てきませんけど、あの「女」が最高かな。
山川 ああ、なるほどね。
──山川さんがいちばん好きなののは、わかりますよ、「氷の上の恋愛」の香奈恵でしょう。
山川 なんでそう思うの?
──ああいう子って、山川さんの周囲にけっこういそうだから。
山川 あ、よく言うよ。仁美のほうが好きかもしれないじゃん。
──教授の愛人だったほう?
山川 そうそう。
──うーん、だとするとあの小説は複雑ですね。けど、マジで?
山川 いや、関係ないって。もう本になっちゃったわけで、ぼくも単なる一読者としての感想を述べてるにすぎないわけだからさ。
──「黒革と金の鈴」の女の子はどうですか?
山川 いつか、ああいう形の救いを求める時がくるのかもしれない、という気はする。
──愛してくれ、と。あ、まちがった。棄てないでくれ、だ。
山川 うん、まあね。もうそろろ、終わりにしようか。
──あ、逃げる気ですね。「スカートに導かれて魂に至る冒険」のお母さん役と赤ちゃん役の女なら、どっちが好き?
山川 ノーコメント。
──ところで山川さんは、恋愛で悩んで泣いたことはありますか?
山川 その質問の答はだな「今も毎日泣いてるよ」……って書いておいてくれよ。
                  

2003年7月 interview by claud@finalfantasy