黒革と金の鈴(メディアパル/定価1400円)
2003年7月29日に発売されました。・黒革と金の鈴・ナチュラル・ライダーズ ・19回目の神経衰弱
・氷の上の恋愛 ・スカートに導かれて魂に至る冒険泣きたいほど切ない、愛のカタチ
●『黒革と金の鈴』発売記念インタビュー
山川健一がSEXについて語る●読書感想アンケートにご協力ください。
書き出し図書館
黒革と金の鈴わたしは今日も、セフィロス様からの連絡を待っている。呼び出されたらすぐに出かけられるように、この頃は大学のサークルの友達との待ち合わせもあまりしない。わたしが所属しているのはスキーのサークルで、夏に集まってもどうせ無駄なお喋りをするだけなのだ。
どこにいてもメールが読めるように、携帯電話はけっして忘れない。
自宅に帰るために地下鉄に乗ろうとして、でも一応メールをチェックしてみようと思い、ホームで携帯電話のボタンを操作するのだ。呼び出しのメールが入っていると、それだけでわたしの体は、奧のほうから熱を持ち痺れたようになってしまう。すぐにうかがいます、と文字を打ち込む指先がふるえてしまう。
呼び出される場所はホテルのバーだったり、公園の特定のベンチだったり、ごくまれには彼の部屋だったりする。部屋と言っても、そのコンピュータが置かた2DKのマンションにはまったく生活感がない。キッチンを使った形跡もなければ、洗濯機を使った気配もないのだ。ナチュラル・ライダーズ
夜が明けようとしていた。エレヴェーターでマンションの一階におり、パーキングへ行く。マシンはマロニエの樹の下に静かに佇み、路面にたまった暗がりのなかに、ひときわ濃い影を刻みこんでいる。ボディは、キャンディジェイブルーと名づけられた、深みのある青だ。
シートにまたがり、ヘルメットをかぶる前に、煙草を一本吸う。それは、長年のうちに身についてしまった儀式のようなものだ。相棒が変わっても、それは変わらない。
フルフェイスのヘルメットに頭を押し込んだ。クラッチレバーを握り、イグニッション・キーをオンにする。軽やかな音をたてて、Vツインエンジンが始動する。ツイン特有の、テレキャスターのように澄んだ音だ。
ヘッドライトが、ざらざらしたコンクリートの壁の表面を照らす。
二、三度空ぶかしし、回転が落ち着いたのを確認してから、サイドスタンドを跳ね上げる。
シフトをローに踏み込み、スタートした。海面に突き出した杭に止まったカモメが柔らかく舞い上がるようだ。このマシンはそんなふうにスタートする。19回目の神経衰弱
男はマンションの十七階に住んでいた。
窓からは、広々とした公園を見渡すことができる。今日は晴れていて、だが公園の樹木やベンチや芝生は濡れている。雨が上がったばかりなのだった。
雨は真夜中過ぎに降り始め、夜が明けるまで休みなく降りつづけた。公園の土やコンクリートの街の全体を、つまりは大地ってやつを黒く湿らせあらゆる生き物に恵みを与える優しい雨だ。ただし、男の部屋のベランダの鉢に植えられたゼラニウムを除いては、だ。ゼラニウムには、強い風が吹かなければ雨がかからない。
男は高所恐怖症だったが、我慢してベランダに出て、ゼラニウムの鉢の表面の土が程よく乾いていることを確かめ、部屋に戻った。
ソファに腰かけて窓の外を眺めていると、世界が止まっているように見えた。氷の上の恋愛
辺りは、既に夜の闇に包まれていた。
カメラのファインダに、戦闘機のようなスポーツカーの形が収まった。ディーラーから今日の午後届いたばかりのアウディTTロードスターだ。シートに腰かけた、若い女のストッキングに包まれた脚がとても立体的に見える。
そいつは柔らかなはずなのに、暖かさを感じさせない。氷のように冷たい脚だ。
アルミニウムを多用したあのボディも、女の脚も、夜の世界で呼吸しているのだと中根和之は思う。
中根は、シャッターを切る。金属的な音を、手元の器械がたてる。また立て続けにシャッターを切った。
この音が好きで、だから俺は写真を撮るのをやめられないのかもしれない、と中根は思う。この無限の世界というものから、あのクルマと女が作り出す美というものを盗んでいるのだ。ほんとうは神と呼ばれる人物だけが所有することを許された美しさというものを、こうしてこっそり盗み出しているのだ……。スカートに導かれて魂に至る冒険
なんだよ、おまえ。テープ回すのかよ? 照れるじゃん、いくら旧い友達どうしでも。おれの話を小説に書く? マジで? おい、おい、なんてことなんだよ。
おまえこの頃、携帯電話にエッチな小説連載してるろうが。ああいうのにするわけ?
しかし、よくあんなことが書けるもんだよ。おれは、電車で読んでて顔が赤くなったぜ。
そういや、前にマスタベーションの話を書いたことがあったろう。女性誌にさ。妹が読んでて、おれのことだってバレちまったんんだぞ、責任を取れよ。
馬鹿言ってんじゃねーよ、おれが暇なわけねーだろうが。おれはおまえと違って、ちゃんとしたビジネスマンなんだから。プロモーションマン? いいよ、べつにそれでも。プロモーションってのは、大事な仕事なんだよ。
ファーイーストの宣伝屋は、満足にやる暇もないくらい忙しいんだってば。日本の経済シーンがどうなってるのか、おまえ、ちゃんと把握できてねーだろう。
今やな、暴落した土地がアメリカ資本に買い漁られてて、そのうち日本がまるごと買収されちまうかもしれないんだぞ。
ま、おまえには関係のない話だったな、そりゃ悪かったよ!
で、何を話せってわけ? 経済の話なんかしたってしょうがねーだろ?
早知子の話?
おまえ、親しき仲にも礼儀ありって言うだろうが、今度そういうこと言うといくらおまえでも……。
ああ、でもな、そんな話を聞いてくれるのは、今や暇なおまえぐらいかもな。
わかったよ、話すよ。
ファーイーストの宣伝屋の気概と失敗の顛末ってやつを、話してやるよ。じゃあ、テープ回してもいいぜ。えーっ、もう回ってるの? はい、はい、準備がいいことで。
落語ふうに? そう、うまくいくかよ!
よし、じゃあせめてDJふうにいくかね。