山川健一インタビュー

 本誌編集長の山川健一が、書き下ろしの長編エッセイ『死ぬな、生きろ。』(小学館)を刊行しました。半年かかったこの新刊をめぐり、都内の喫茶店で著者インタビューを行いました。インタビュアーは、「文学メルマ!」新人賞優秀作を「夢を見ていた」で受賞し、オンデマンド出版をひかえる五十嵐繭子さんです。(編集部)

タイトル写真=河野敦樹

vol.1 今の生活をいかにスケールダウンするか

山川 「文学メルマ!」新人賞受賞おめでとうございます。

五十嵐 ありがとうございます。

山川 その後、原稿書いてますか?

五十嵐 だめです、すみません。全然書いてないです(笑)。

山川 せっかく賞を獲ったんだから、なるべく早く受賞第一作を書いてくれるとうれしいんだけど。期待して待ってます。じゃあ、始めようか。

五十嵐 この本を書こうと思ったきっかけは何ですか?

山川 最初は、昨年の9月11日に起きた同時多発テロから戦争になだれこんでいく状況をテレビで見たり、インターネットで情報を収集したりしながら、ものすごい息苦しさを感じていたんだね。そのことについて書こうと思ったんです。
 あのときは、今でもそうだけど、こうして僕らがお茶を飲みながら話している空気が続いている所で、ものすごくたくさんの人達が死んでいくわけだね。つい最近も、アメリカがアフガニスタンの村を誤爆して、数十人の方が亡くなったでしょう。結婚式に上げる祝砲を攻撃のための銃声だと勘違いしたということらしいけど。
 あるいは今現在も、パレスチナでは食料が全然足りなくて、ものすごく危険な状況が続いている。だけど、和平交渉はまったくうまくいっていない、と。


五十嵐 そうですね。

山川 ニューヨークで何千人もの方が亡くなり、アフガニスタンでも多数の人々が命を落とし、パレスチナでも今現在も悲劇が続いている。そういうことが重なっているわけだから、それが日本人のぼくらの精神とか魂にも影響を与えないわけがないと思うんですね。生きていく気力が萎えたり、息苦しさを感じたりね。
 そういうことを書くのは文学の仕事じゃないと思うんだけど、今回は書かずにはいられなかった。作家っていうのは基本的に、お話をつくってそれを書いていればいいんだよね。お話をつくって書いて、それが面白いなとか楽しいなとか、ちょっとは感動したなとか言ってくれる人がいればそれでいいわけで、政治や生き方の問題がからむことに関して、べつに作家は政治のプロでもないし宗教家でもないんだから発言しても仕方がないとずっと思っていたんだ。でも今回は、この本を書かないと自分がつぶれてしまいそうな気持ちがあって。
 そういう空気感を持っているのは僕一人ではなかったようで、あの事件を境に、自殺したいっていうメールが何通か来たんだよね。気力がないからもう死にたいとか、友人がたった今自殺しました、残された自分はどうすればいいのか、みたいな。


五十嵐 東京なり日本で、もう生きていたくないっていうふうなことを感じる人たちの心のあり方と、ニューヨークやアフガニスタンやパレスチナの出来事っていうのは無関係じゃない、ということですね。

山川 ぼくは、そう思います。かつての湾岸戦争とか今度のテロや戦争とか、世界を揺るがす大きな出来事があると、恋人どうしが別れたり、離婚が増えたりするんだよね。バンドのヴォーカルとギターが喧嘩したりとか。日常生活では話題にならないあ政治的な事柄について話し合って、「あなたってそういう人だったの?」みたいなことになるんだろうと思うんだけど。
 最初は同時多発テロから戦争にかけてのことを書こうと思っていたんだけど、読者の人達からのメールを読んでいるうちに、もっと身近な危機っていうのが僕らの身の回りにあるんだなと気がついたんですね。自分自身のなかに、こんな世界で生きていたくなんかない、という気持がある。そんなふうに気がついて、テーマを途中で変えたんだよね。で、この本ができたわけなんだけど。
 警察白書によるとね、2000年の日本の自殺者って3万2千人ぐらいなんだよ。これは、交通事故による死亡者の3倍です。ニューヨークのテロによる死亡者より遙かに多いわけだよね。まあ、数字だけ較べてもあまり意味はないけれど。
 1990年代のはじめ頃は、毎年の自殺者は2万人代だったのに、98年頃から3万人代に増えて、このままでは近い将来4万人を超えても不思議ではないよね。これって、すごい数だと思いませんか。10年間だと、30万人以上の人たちが自らの命を絶っていることになるわけだから。未遂まで含めれば、その数倍の人々が自殺を選択していることになる。で、10代の青少年よりも、むしろぼくの年齢ぐらい、40代以降の自殺者が多いのが最近の特徴なんだそうです。
 日本は世界でも例外的に平和だと言われてきたけど、平和というものの実体はじつは背筋が凍るようなものなんだと考えざるを得ないでしょう。
 この本のタイトルは、最初は『アイデンティティ・クライシス』というタイトルで書こうと思ったんだけど、もっとストレートなやつにするべきだと思い直したんだね。格好つけるんじゃなくて。って命令形だよね。そういうタイトルの本って、今まで出したことなかったはずなんだけど……。


五十嵐 「死ぬな、生きろ。」というタイトルは、自分で考えたんですか?

山川 うん。担当編集者の方に相談に乗ってはもらったけどね。ふたりで都内のホテルに五木寛之さんに会いに行ったんです。この本に収録されている対談をお願いしに行ったわけです。関西方面から帰京する五木さんの新幹線が一本遅れて、30分ほど遅れるからという電話をいただいて、コーヒーを飲みながら待ってたんだよね。その時どちらからともなく、死ぬな、生きろ、という言葉が浮かんだ。で、「、」と「。」を入れよう、とぼくが提案したんだよ。

五十嵐 タイトルに込めたメッセージはあるんですか?

山川 そのまんま。ただ、メッセージを送ろうとか啓蒙しようとかってことではまったくないんです。「死ぬな、生きろ。」って、それぞれが自分自身に言えばいいことなんだろうと思うから。だからぼくは、この言葉をむしろ自分自身に言いたいと思ってます。

五十嵐 今までの本よりも、この本は読者との距離が近いと思うんですが。

山川 そうだね。小説には作者がいて、彼がお話をつくって、そのお話の中には主人公がいる。その主人公が読者の人たちと向かい合うわけだから。でも、この本に主人公は存在しないからね。
 いちばん言いたいのは、とりあえず今、死ぬなってことだよ。努力しようとか頑張ろうとか、昨日より優れた自分になりたいとかいい小説を書こうとか……って、これは五十嵐さんじゃなくて自分に言ってるんだけど、そんなこと考えずにグータラしていていいから、生死の問題をたった今考えるのはやめようということですね。
 それがいちばん言いたかったことかな。
 そのためには、今の生活をいかにスケールダウンするかということが大切だと思うんだ。

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