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タイトル写真=河野敦樹
vol.2 たとえばジーコ監督にいろいろ教わりながらゆっくり行けばいい
五十嵐 生活をスケールダウンするということですが、「階段を下りていく」って書かれてますよね。この言葉は、もっとナチュラルに生きようよっていうメッセージだと思います。でも、それを勘違いして、本当に怠惰に過ごしてもいいんだって思ってしまう人もいると思うんですが?
山川 やる気ゼロで、自堕落になってしまってもいいと思うんだよね。一度はね。そのくらいショッキングな変化がないと人間ってなかなか変われないから。
でも、たとえば十年間、自堕落でやる気のない生活を営むっていうのは、これはまた凄く大変なことだと思うんだよ。だから、今まで頑張りすぎてた人は、自堕落になっちゃってもいい、と。
五十嵐 自堕落で投げ遣りになっちゃっても(笑)?
山川 うん。でもそうすると、仕事がはかどらないから、小説家なら小説が書けなくなるよね。小説を書かないと、お金が入らないっていう問題がある。サラリーマンの人だったら会社に行かなくなっちゃう。そうすると収入がなくなるわけだよね。その収入がない状態というのを、恥じないっていう姿勢が大事だよね。
今、お金がない、と。それは確かに困ることだけど、生活を上手に縮小していけばいいわけでしょう。そういうことが上手な人と下手な人がいて、一番下手な人が自殺しちゃうのかもしれないね。若い人は、シンプルなライフスタイルを営むのが上手だよね。むかしチープシックって言ったんだけど、お金がなくても小綺麗に暮らすことは出来るわけだから。貧乏なのとチープシックはちがうんだよ。
そういう生活をしばらく続けていると、人間はきっとまた、何かしたくなるんだよね。自然に何かしたくなったときに、それをきちんとすればいい。ぼくはそういうふうに思います。
だから、階段を下りていくっていうのは、簡単に言ってしまえば「頑張らない」ってことなんです。無理するなっていうかさ。
五十嵐 なんで皆、無理しちゃってたんでしょうね?
山川 それが日本っていう国の価値観だったからだと思う。頑張る、っていうのが共通の価値観だったんだね。日本はアジアでは珍しく、白人達による植民地支配を受けたことがない国なんだよね。西欧の帝国主義がアジアを食い物にしようとした時に、日本は自らも武装して帝国主義者になって欧米の勢力に対抗しようとしたわけだよね。で、手痛い敗戦を経験した。その後、奇跡的に西欧先進国の仲間入りをしたわけでしょう。戦後の日本の復興っていうのは奇跡だって言われていて、でもそれってついこの間の話だよね。五十嵐さんなんかまだ生まれる前の話だけど。
僕が生まれたのは1953年、昭和28年で、その頃はまだ戦後って雰囲気があったんです。自動車なんかあんまり走ってないんだよ。道路も舗装されてなかった。当時アメリカ人に「日本には道路予定地があるだけで、道路はない」ってよく言われたんです。それは要するに、未舗装路が多かったからなんだね。その頃、自家用車ってものを持てるというのは、夢のまた夢で、自家用車を持ってることは今で言うとプライベートジェットを持ってるっていうのと同じようなカンジだったの。
五十嵐 へえー。
山川 僕は子供ながらに自動車が好きだったから、オヤジのスクーターの前に乗せてもらって、自動車がくると「あれはブルーバードだ」とか、よく言ったものだよ。「自動車っていうのは高いの?」って聞いたら、「凄く高い」と。「夜も昼も寝ないで働いて僕は自動車を買う」って言ったらしいけどね。そのくらいのものだった。
五十嵐 自動車はその頃アメリカとかヨーロッパからくるものだったんですか?
山川 最初は国産の自動車っていうのはなかったから、主にアメリカの車が入ってきてたんだね。でもそれは外交官とか、在日米人とか、そういう人達しか乗れないものだった。
五十嵐 じゃあ皆、まず車を手に入れる為に頑張って、次はテレビ買って、洗濯機買って……。
山川 そういうことです。1964年に東京オリンピックっていうのがあって、それに合わせて今の東京を作ったわけだよね。首都高速道路もその時に造ったんです。東京オリンピックに間に合わせる為に今の高速道路を造ったものだから、もう狭くて仕方ないよね。急いだ為に手抜き工事も多くて、今問題にもなってるよね。オリンピックなんて関係なしに、ゆっくり造ればよかったのに。
そんなふうに、国民が一丸となって頑張ったんだよね。僕らの父親達の世代がね。とにかく皆で力を合わせて頑張るっていうのは、国家的なコンセプトだったわけです。その頑張り方が、やっぱり日本的だったんだと思う。
韓国の人達は騎馬民族の末裔なわけだけど、日本人である我々は農耕民族の末裔でしょう。ほとんどがお百姓さんだったわけだよ。そうすると、田植えとか稲刈りの時に、一軒だけ「ウチは後でいいやって」いうのは成り立たないわけだよ。全員が草刈りする時にある家だけしないでそこだけ草が残っていると、そこに虫が発生して他の田圃にも影響しちゃうから。田植えや稲刈りもお互いに助け合わないと出来ないわけだよね。だから、農耕民族は皆でそろって同じことをするっていうのがコンセプトなんだよ。それが農耕民族ってものだと思うんですね。
だから日本人は戦後の復興の時にも、やっぱり農耕民族的な復興の仕方をしたんだよ。皆で力を合わせて田植えをするんだ、稲刈りするんだっていうようなコンセプトで、今の日本っていうのは復興してきたと思うんだよね。
五十嵐 とっても分かり易いです。
山川 個人主義が発達しないっていうけど、そんなものは最初からこの国にはないわけだから。つまり個人主義を押し通してしまうと、農業をコアにした社会ってものは成り立たないからさ。あるいは、個人主義どころか、神々と人間もグラデーションと言うか、その境界は曖昧なんだよね。それが日本のいい所でもあり、嫌な所でもあるんだけど。
サッカーもさ、韓国はベスト4までいったのに日本は16止まりだっていうのは農耕民族的な国民性だから仕方ないんだよ。日本にとって最大の問題はストライカー不足ということで、でも「俺がシュートを決める!」っていうのは個人主義だから、日本人はそういうの苦手なんだよね。あの中田ヒデでさえ、ワールドカップではフォアザチームに徹してたもんなあ。
五十嵐 分かる気がします。
山川 日本人って、韓国の人達みたいに応援しないでしょう。まあ勝って欲しいとは僕も思ったし応援もしたけど、韓国風の応援というのはなかったよね。どうしても勝たないと国の名誉が汚される、とは誰も思ってないわけだから。日本には敗北の美学みたいなものがあるよね。決勝戦で敗れ去ったオリバー・カーン(ドイツのゴールキーパー)が美しい、というような所に価値を見い出すわけだから。何が何でも勝ちたいっていう民族じゃない。だからワールドカップの結果は、日本らしかったなと思うけどね。韓国のベスト4があるから霞んじゃったようなところがあるけれど、今回のベスト16というのは実に素晴らしい結果で、文化としてのサッカーというものがよくわかったことが大切だよ。今度はジーコ監督にいろいろ教わりながらゆっくり行けばいいと思うよ。
サッカーだけじゃなくて経済のほうでも、そんなに勝たなくちゃいけないのか、勝ち続けなきゃいけないのかと思わない? 負けてもいいんじゃないのか、と。ぼくはそんな風に思うけどね。
五十嵐 今、全部手に入るようになっちゃったんでしょうね。車もテレビも時間も。そしたらやることが分からなくなっちゃった、みたいな。
山川 ブランド物とかね。でも、日本人にはアルマーニとかシャネルとか、やっぱり似合わないよ。ヴィトンとか、バッグなんかだったらまだいいかもしれないけど。あるいはクルマとか、身につけないものならね。
五十嵐さんは、25歳だったよね? バブルだと言われた頃25歳だった世代とは、見ていると明らかに違う価値観をもって生きてると思います。日本人って、ふと気がつくと不思議な民族だよね。外国のものを貪欲に取り入れる時期があるかと思えば、要らないものをスパッと棄ててきたんだよ。歴史的に、ずっとそうだったでしょう。今はきっと、不要なものを棄てる時期なんじゃないでしょうか。そういう思慮深さみたいなものを、五十嵐さん達の世代を見ていると感じるけどね。
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