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タイトル写真=河野敦樹
vol.3 日本らしい美徳を取り戻す
五十嵐 貿易センタービルってすごく背の高いビルじゃないですか。ある意味では、世界で一番の経済大国であるアメリカの、その中でもお金持ちの象徴みたいな。経済で成功した人たちっていう。それが壊されることっていうのは、この本を読んで思ったんですけど、アイデンティティ、今まで自分たちが正しいと思ってきた価値観が全部くずれたのかなっていう。それで困ってるのかな、と。決してアメリカが正しくはない、と。
本文中に出てくる山川さんのお子さんのお話を読んでも、価値観が明かに違ってきているな、と。それというのは、大きな塔が壊れたということが引き金になっているのでしょうか。
山川 あそこは金融の象徴だったわけだよね。西側の豊かな生活というのは、西側の人が豊かにに暮らせるようなシステムを、いろんな手を使って構築したからなんだと思います。だからぼくらは飢えもしないで暮らせるわけだよね。だけど、実はそういうシステムは間違いじゃないのかって、あのショッキングな事件によって皆が気が付いた。
ニューヨークでテロがあって、アフガンやパキスタンで戦争をやってる。日本は島国で、自衛隊は派遣したけどとりあえずは関係ない、と思えないよね。システムにのっかって僕らは仕事をしているわけで、サラリーマンも僕のような自由業者もそういうシステムの中で仕事をすることによって報酬をもらって、それでレストランに行って御飯も食べることもできるわけだよね。そんなふうに自分が普通に生活していることが、東側の人達、あるいは南側の人達の飢えを助長させてるっていうか。
そういうある種の危機的な状況に気が付いてしまった。まあ、頭では分かってたんだろうど、あれだけ大きな事件があるとそういう自分を振り返らずを得ないよね。
昨日テレビを見てたら、アフリカでエイズが非常に問題になっているというCNNの番組があったんだ。なかなかエイズ報道ってしないんだけど、珍しく昨日はエイズ報道があってさ。増えてるらしいんだよね。そのおかげで、アフリカ大陸における平均寿命は、30歳を切ってしまいそうなんだそうです。皆、20代で死んでいく。衝撃的な事実でしょう。でもこれも、アフリカだから放置されているような気がするんだよね。これがヨーロッパだったらもっと問題になってると思う。アフリカだからしょうがないやっていう気分が、どこかにあるような気がするよね。
五十嵐 うーん、今回のってリセット・ボタンじゃないかなって思って。私の友達の何人かもあの事件から具合が悪くなった子がいて。うまく言葉に出来ないけど、具合が悪い。なんか許せないっていう感情の子が多くて。この本は、そういうのをうまく言葉にしてくれたのかなと思いました。そこで言葉に出来ない人、表現できない人が読んで、「その通りその通り」って思えたんじゃないかな。
好きなように生きて行くことがいいんじゃないっていう山川さんの言葉で、すごく楽になれる人が多いんじゃないかなあ。
山川 もうひとつは、日本が今経済的に非常に苦しんでるってことがやっぱり問題だよね。ついこの間までは、夕食のオカズを一品減らせばいいかっていうようなレベルの問題だったと思うんです。環境破壊の問題もあるし、少し生活を縮小すればいいんじゃないか、というレベルの問題だった。だけど今の経済不況っていうのは、そういうことを越えていて、一社について何万人単位でリストラされてるわけだよね。働いてる人がリストラされちゃうと、たとえば家族4人が暮らしているとすると、困る人って4倍なわけでしょう。するとものすごい数の人が職を失って、オカズを一品減らせばいいっていうレベルじゃなく困ってる。
そのことと、テロっていうのもリンクしているわけだよね。システムの中で日本はうまく立ち回ってきたんだけど、それがどうもうまくいかなくなって、会社は倒産していく。だから、今までは……僕はサラリーマンじゃないからそういう生活はしてなかったけれど……今年よりは来年のほうが少しは給料が増える、と。今より5年目のほうが少しは地位が上がってる。真面目に努力していけば給料もボーナスも増えるし、この会社に勤めていれば地位も上がっていくし社会的にも尊敬される……みたいなプランがあったんだよね。
階段を一段ずつ上っていくような人生設計っていうのがあったと思うんだよね。そのプランに従って皆住宅ローンを借りて、いついつまでに返済するというある種の人生の設計図っていうのがあったと思うんだ。
ところがそういうプランがもう成立しなくなってしまった。年功序列と終身雇用は既に崩壊しているし、そうするとものすごくダイレクトに自分の人生っていうのを問い直さなきゃいけない。僕はサラリーマンではないので、必ずしも今年の年収が去年よりも多いわけではないし、地位なんて最初からないからね(笑)。
でも人間は社会的な存在だから、それって意外に大切だったのかもしれないよね。たとえば主任になり、係長になり、部長になる、みたいなステップアップは生き甲斐になったのかもしれないね。でも、そういうことと無縁な生活を長らく続けてきた僕のような人間から見ると、そういうのを一回やめてみたらって思うんだよ。お金がないって状態を恥ずかしいことだと思う必要は全くない。個人もそうだし、国家もそうだと思うんだよね。
五十嵐 たしかに今までは階段を少しずつ上って行って、十年後にはこういう自分になっていたいっていうようなプランがあったと思うんですが、一回階段を下りる覚悟を決めたら、すごく楽になるかもしれないですね。
山川 そうじゃないところに、新しいというか旧いというか、別の価値っていうものがあると思う。韓国や中国やインドに、何年後かには日本はGNPでは追い越されてるだろうっていう予測があって、けっこうそれはショッキングな出来事だと感じる人も経済人の中には多いんじゃないかと思うんです。でも僕なんかから見ると、日本という国が貧乏になったからって、日本の価値が下がるとは思えないし、別のところに価値ってあるんじゃないかな。そういうふうに発想を展開しないと死にたくなっちゃうと思うんだけど。
五十嵐 男の人は、とくにそうかもしれないですね。
山川 バスを待つ時にさ、ドイツ人はきちんと列を作って並ぶんだよね。それで順番に乗っていくんだって。イギリス人もそうなんだって。アメリカ人は全然並ばないて、バスが入って来るとワーッと殺到する。ひと昔前の日本は、列なんか作らないでなんとなくだらだらっと居て、バスが入って来ると、お年寄りの人から乗ってくださいって、自然にそうなったんだよね。
それって、日本の伝統だったのにね。昔は武士っていうのがいてさ、そういう人達の目があるから、皆がなんとなく秩序を守るっという、日本ってそういう社会なんだよね。
そういう所にいったん戻ってもいいんじゃないかなって思うな。かつて日本には日本らしい美徳っていうものがあったんだから、そういうものを一回取り戻した方がいいんじゃないかと思う。典型的な日本の良さってさ、あの中津江村だと思うんだけどさ(笑)。日本ってあれなんだよ。あー、こんな所にちゃんとした日本の人達が生きてたんだって僕は思ったんだよね。
欧米のライフスタイルだけが人生の価値じゃないから。百年間鎖国して海外と付き合わないって決めて、それで成り立った国なんて日本だけだもんね。
五十嵐 友達の間では、また鎖国すればいいんじゃないかって、けっこう流行ってます(笑)。
山川 それは笑えない冗談だけどね(笑)。またナショナリズムが台頭して、日本の国土を拡張しようなんてなると本当に困っちゃうけど、そうじゃなくてね。日本や日本人の良さを自分の中にもう一回見つけだすという作業はすごくいいことだと思うね。
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