特別著者インタビュー山川健一
Kenichi Yamakawa Interview
VOL.01クライム・ノベルの金字塔

 音楽やクルマやインターネットに詳しい山川健一さん。そんな彼が幻冬舎から書き下ろし長篇小説「ニュースキャスター」を刊行して話題になっています。
 主人公は表題の通り、看板ニュース番組の顔であり、今や名実共にNo.1にのぼりつめた人気キャスター。だが、罠が仕掛けられ、圧力や脅迫は日常茶飯事になっている。うまくいかない、美人プロデューサーとの恋。そして生放送で、拳銃を持っている殺人犯が「殺してやる」と殺人予告。
 今回は山川健一さんの仕事場を訪れ、新作小説のことを中心にお話をうかがいました。
 写真は、山川さんの親友で「NAVI」の表紙の写真などを撮影している小川義文氏が撮ったものをお借りしました。
                     (インタビュー・福井友子/写真・小川義文)

■圧倒的心理描写で描くクライム・ノベル

──今年の最後に「ニュースキャスター」が発売になるわけですが、これは1995年でしたか「視聴率」という小説がやがて出るという、あの新聞の予告広告の小説ですか?
 そうです。でも、……いやなこと覚えてるね。

──楽しみにしてましたから。えーと、1年ぐらいは。わたしは、まだ学生でしたけど。

 あれは、けっこうプレッシャーだったんだよね。だってさ、これから出る予定の小説の広告なんて、前代未聞でしょ。

──去年ぐらいから、 山川さんのホームページ"BE HAPPY !"(http://http://www.yamaken.com/) に進行状況がアップされるようになって、わたしもチェックしてましたけど、もり上がってますよね。BBSなんかで。

 インターネットは反応が早いからね。

──でも、「ニュースキャスター」を書こうと決めたのは、たしか1994年ですよね。6年もかかった理由は何ですか? 書くの、遅いんですか?

 いや、早いよ。

──またぁ。

 書きはじめれば早いんだよ。書きはじめるまでに時間がかかるんだけだよ。

──でも、6年といえば、小学校が丸々ですよ。中学1年生が高校を卒業しちゃうわけですから。

 そういや、そうだね。少年老いやすく文学成りがたし、だよ。いや、正直に言うと、自分で言うのもなんだけど、前作の「安息の地」が完成度も高くてパワーもあったから、それがプレッシャーだったのかな。

──オビに「報道番組を舞台に、TV局の構造とそこに生きる人々を圧倒的心理描写で描くクライム・ノベルの金字塔」とありますが。

 クライム・ノベルというのは、幻冬舎の人が考えてくれたんだよ。いいよね。つまり、これはノンフィクション・ノベルのようでいて、そうじゃないからさ。

──かりにモデルのような人がいても、事実ではない、ということですか?

 うん。100人ぐらいの人に会って取材はしたけど、あくまでも"お話"、つまりフィクションだから。そこが、「安息の地」とはちがうところだよね。

──"圧倒的心理描写"というのは、ほんとうにそうだと思います。主人公のニュースキャスターも、拳銃を持っている犯人も、ものすごくリアルで。「安息の地」もそうでしたけど。「ニュースキャスター」は、読者としては「安息の地」の系列にある作品で、あれで山川健一は変わったと感じた人は多いんじゃないでしょうか。

 そうだね。「安息の地」を書く前は、途方にくれてたんだよ。いや、「ニュースキャスター」を書く前だって、「水晶の夜」を書く前だって、途方にくれてたけどさ。小説って、どんな作品でもゼロからスタートしなきゃいけないわけで、だから何をどうやって書き始めればいいのか、呆然としちゃうんだよな。
 でも、とにかく、「安息の地」で、新しい世界がひらけたと思えたんだよね。自分のことではなくて、ある犯罪、事件というものを取材することのなかから小説を書く、という行為のなかに自分の文学的な未来があると感じられたんだよね。

──でも、これはノンフィクション・ノベルではないんですよね?

 どこが違うかというとね、これは100人読者がいれば100通りの感じ方があるとは思うんだけど、ハッピーエンドにしたかったんだ。日本は今ひどいことになっていて、毎朝、新聞を読んだりテレビを見たりするたびに、なんでこんな惨たらしいことが起こるんだろうって、絶望的な気分になるよね。日本ばかりではなく、世界がひどいことになってるでしょ。でも、そういう状況だからこそ、ハッピーエンドの小説を書きたかった。まあ、それは感じ方だから押しつけることはできないけれど、「ニュースキャスター」と「安息の地」の最大の違いは、ハッピーエンドかどうかってことなんじゃないかな。

──でも、わたしは文学少女じゃなかったのでそう思うのかもしれませんけど、ストーリィをおっかけていくだけで、ぶ厚い本なのにあっという間に読んでしまいました。何箇所か、泣きそうになっちゃうという意味では、ああ、やっぱりiNovelで読んだ山川健一の小説なんだな、と。

 ある種のハッピーエンドを目指すために、エンターテイメントがいいと思ったんだよね。本を読むスピードって、大事だからさ。クライム・ノベルというか、犯罪小説の巨匠って、世界に2人いるんだよね。それは、トルーマン・カポーティとドストエフスキーだよ。この間、自動車評論家の徳大寺有恒氏に会ったら、「カポーティは難解だけど、ドストエフスキーはわかりやすい」って言うんだよ。ああ、そうかもしれないな、とぼくも思ったね。カポーティの「冷血」もドストエフスキーの「罪と罰」もいい小説だけど、ストーリィ・テリングという意味じゃ、「罪と罰」のほうが読ませる力を持ってるんだろうね。
 つまり、「罪と罰」のほうがエンターテイメントとしての力を持っているってことだよ。
 そういや、オビの"圧倒的心理描写"ってコピーだけどさ、それがもし本当だとしたら、ぼくはそれをドストエフスキーから学んだんだと思ってるよ。

■小説が持っている力というものを再発見したんだ

 あと、犯罪小説のパターンという意味では、「罪と罰」と「冷血」の流れと、三島由紀夫の「金閣寺」と、ふたつのパターンがあるんだよ。

──なんだか難しそうな話で、身がまえてしまいますけど。

 いや、いたってシンプルな話。「罪と罰」や「冷血」は、肝心の犯罪が小説のはじめに起こるでしょ。「金閣寺」は、エンディングで起こるよね。そういう、ふたつのタイプに分けられるんだよ。「ニュースキャスター」は、そのちょうど中間で、こういうのは珍しいかもね。

──この小説は、エンターテイメントで、テレビの世界の人たちの恋愛が描かれていたりするのでとても華やかですけれど、同時にとても重いテーマを持っているとも思うんですよ。この作品には、作家・山川健一の20世紀から21世紀に向けたのメッセージ、そういうものが込められているんですか。

 (しばらく無言で考えて)ないな、そういうのは。遅れに遅れて、たまたま世紀が変わるところになっちゃっただけだから。ただ、前は、現実の進行するスピードにくらべて、小説ってのはなんて遅れてるんだろう、と思ってた。
 「ニュースキャスター」を書こうと思ったのは1994年で、取材をすすめて、その年のうちにじつは500枚ぐらい書いてたんだよ。ところが、95年になると阪神・淡路の大震災があり、地下鉄サリン事件が起こり、ぼくが書こうとしていたテレビというものも急速に、大きく変わっていったんだ。

──インターネットが普及しはじめたのもその頃ですしね。

 そうそう、それだよ。で、結局、500枚の原稿は破棄して、震災の爪痕とオウム事件を報道し続けるテレビばっかり見てた。そうやっているうちに、1年なんてすぐに過ぎちゃった。ほんとのこと言うと、2年めに入った頃は、もうこの長篇は完成しないんじゃないか、と思ったね。気力がないというか、あの頃はぼくだけじゃなくてみんなそうだと思うけど、小説どころの話じゃなくて、日本という国の未来に不安と不信感をもってしまってね。人間嫌いになっちまった、というか。

──そこから、どうやって立ち直ったんですか? わたしもよく落ち込むんで、参考にしたいんで、冗談じゃなくマジメに答えてください。

 寝るんだよ、ぶっ続けで20時間ぐらい。それと、野菜をよく食べる。

──もう、帰ろうかな……。

 いや、冗談じゃないんだって。100パーセント、シリアスな答なんだって。よく眠る。これに限るよ。野菜を食べて、体から化学物質を追い出して、体のバランスを取り戻すんだよ。まあ、これは自分が落ち込んだ時の対処法なんだけどさ。女の子は、これで肌もきれいになるし。
 ……もう一度「ニュースキャスター」に取りかかれたのは、小説ってものが持っている力というものを再発見できたからかな。インターネットとかゲームとか、つまりデジタルってものが加速して、一度そのなかにつま先から頭までハマッてしまうことで、わかったことがあるんだよね。ゲームとか、一度やり始めると、ぼくは10時間ぐらいぶっ続けでやってるから。

──えーっ、山川さんってゲーマーなんですか?

 ちょっとしたもんだよ。

──似合わない(笑)。

 有名はソフトは、ほとんど全クリしてるんだぜ。ドラクエなんて……。

──その話は別の機会に、ということで(笑)。

 はい、はい、わかりました。

■恋愛中ならいくら傷つけ合ったりしてもいいけど

──でも、山川さんはITというか、デジタルは早かったですよね。「マッキントッシュ・ハイ」(幻冬舎文庫)という本まで書き、ホームページやウェブマガジンも早かったですし。

 デジタルは、もの凄いスピードで情報を伝える。テレビだって、リアルタイムで情報を伝える。今は情報化時代だって言うよね。ゴミのように溢れる情報のなかから、自分にとって必要な情報だけをインプットするのが有能なビジネスマンである、とかさ。
 OK、わかったよ。じゃあ、ぼくらもそうしよう。自分にとって必要な情報を探すことにしようよ。その必要な情報ってのは、数字じゃないんだ。そこが大切なのさ。敵が100人いる、というのはたいした情報じゃない。どんな武器を持ってるのかとか、布陣はどうかとか、数字に置き換えられる情報なんてものはたいしたものじゃないんだよ。そうではなくて、100人のうち50人はビビッてるようだとか、10人は油断してるようだとか、でも40人は闘争心が旺盛みたいだ、とか。そういうのが価値のある情報なんだよ。つまり、人の気持、心、情ってものを伝えるものこそが優れた情報なのさ。情を報じると書いて「情報」なわけだからね。

──そう言えばそうですね。

 ま、この話は深夜の喫茶店で五木寛之氏から聞いたことの受け売りなんだけどさ。

──なんだ、そうなんですか。

 株価とか視聴率とか失業率とか、そういうのに一喜一憂してはいけない。誰がどこでどんな気持ちで呼吸しているのか。自分はここにいて……。

── "I'm here"(http://www.imhere.com/) ですね。

 そういうことだね。自分はここにいて、どんな気持ちで毎日を生きているのか。それが大切なことなんだよ。そして、そういうほんとうに価値のある情報を、小説は伝えることができる。それを伝えることのできる小説を書くためだったら、5年や6年の時間はどうってことはない。そう思えたんだよね。そういう意味では、人間の気持ちっていうのものを、小説はまだまだこれから伝えていけるんじゃないかと思って。
 よく、キレる、と言うよね。今年は10代の人たちがよくキレた。来年は、大人がキレるかもしれないね。でも、キレるってことと、怒るってことは、同じじゃないと思うんだよ。「ニュースキャスター」の狙撃犯は、怒ってはいるけれど、キレてはいない。ぼくは、そう思う。その証拠に、彼は必死で言葉を探しているからね。
 腹の底から怒っている人の言っていることを、よく聞いてごらんよ。怒っているから声が大きかったり、話が前後したりしてるとしても、よく聞くと意外に論理的だよ。でも、キレてしまった人は言葉を失っている。言葉というのは大事で、それによって自分を表現するわけだからね。怒りは言葉によって表現されるもので、それさえをも失った時、人はキレるのだと思うんだ。ぼくらは等しく怒るべきなんであって、キレちゃいけないよね。必死で、言葉を探さないと。英語を勉強する前に、日本語を学ばないとさ。
 今や銀行や証券会社や生命保険会社が倒産する時代でしょ。で、巨額な負債を背負って会社を潰したやつほど居直って威張ってる。政治家がなんと言おうと、テクノロジーがどれだけ進もうと、もはや「昨日より素晴らしい明日」なんてものを、誰も信じてはいない。階段をのぼっていく時代は、もうとっくに終わってるんだよ。
 ゆるやかに、階段をおりていく勇気。そいつが必要なんじゃないかとぼくは思うね。あるいは、階段をおりていくための言葉が必要なんだよ。その言葉が、愛情や、悲しみや、ほんとうの怒りや、喜びを、つまり感情ってものを支えるんだよ。透明ではない自分を発見するための言葉。そいつが必要なんじゃないかな。中学や高校は、英語の時間を少し削ってでも国語の時間を増やさないとダメだな。
 古謝美紗子さんという沖縄のシンガーの人に「童神」(わらびがみ)って曲があるんだよね。ぼくは、2回か3回、生で聴いたことがあるんだけど。3歳とか4歳ぐらいまでの子供って、神様のようにイノセントだってことから沖縄ではそう言うんだって、古謝さんに教えてもらったんだけどさ。その「童神」(わらびがみ)って言葉をちゃんと知っている人は、幼児を虐待したり殺したりはしないだろうと思うんだけどねぇ。

──「ニュースキャスター」では、山川さんの恋愛感にも変化が見られたと思うんですけが。

 恋愛中ならいくら傷つけ合ったりしてもいいけどさ、それが終わったら、いや終わったからこそ、相手をいたわる気持ちがほしいよね。激しい恋をくり返すのもいいけど、それが終わったら新しい恋にチャレンジするのと同時に、終わった恋も大切にしたい。あれ? なんだか、トシとっちゃったかな?

──そういうことじゃないと思いますよ。ニュースキャスターの主人公とプロデューサーの女性との恋は、なんと言えばいいのかな、いい感じというか、ああいう関係は素敵だと思いました。えーっ、でもこんないい女ほんとにテレビの世界にいるの、って気もしましたけど。でも、やっと、山川健一の小説に登場する女性達が男の人にコーヒーをいれてあげなくなったな、と。

 そうかな?

──それから、今度編集長として 「文学メルマ!」を創刊されましたね。

 ここにね、美しい女神がいるとするでしょ。小説って名前の女神ね。でも、彼女は今や息も絶え絶えなわけだよね。そんな彼女を、みんなで助けてあげないと、とぼくは思うんだよ。森や湖や海を守るのと同じことでさ。それは、ぼくらの心、情ってものにとって必要なものだから。で、ぼくは今やデジタル、得意分野だから。デジタルな分野で自分のなすべき仕事をしよう、と。そう思ったんだ。

──いろいろ、注目してます。

 ありがとう。

──ただし、次の小説がまた6年後とか、そういうのはナシにしてくださいね。

 はい、了解。

(幻冬舎webより)
 音楽やクルマやインターネットに詳しい山川健一さん。そんな彼が幻冬舎から書き下ろし長篇小説「ニュースキャスター」を刊行して話題になっています。  主人公は表題の通り、看板ニュース番組の顔であり、今や名実共にNo.1にのぼりつめた人気キャスター。だが、罠が仕掛けられ、圧力や脅迫は日常茶飯事になっている。うまくいかない、美人プロデューサーとの恋。そして生放送で、拳銃を持っている殺人犯が「殺してやる」と殺人予告。  今回は山川健一さんの仕事場を訪れ、新作小説のことを中心にお話をうかがいました。  写真は、山川さんの親友で「NAVI」の表紙の写真などを撮影している小川義文氏が撮ったものをお借りしました。 (インタビュー・福井友子/写真・小川義文) ■圧倒的心理描写で描くクライム・ノベル ──今年の最後に「ニュースキャスター」が発売になるわけですが、これは1995年でしたか「視聴率」という小説がやがて出るという、あの新聞の予告広告の小説ですか?  そうです。でも、……いやなこと覚えてるね。 ──楽しみにしてましたから。えーと、1年ぐらいは。わたしは、まだ学生でしたけど。  あれは、けっこうプレッシャーだったんだよね。だってさ、これから出る予定の小説の広告なんて、前代未聞でしょ。 ──去年ぐらいから、山川さんのホームページ"BE HAPPY !"(http://http://www.yamaken.com/)に進行状況がアップされるようになって、わたしもチェックしてましたけど、もり上がってますよね。BBSなんかで。  インターネットは反応が早いからね。 ──でも、「ニュースキャスター」を書こうと決めたのは、たしか1994年ですよね。6年もかかった理由は何ですか? 書くの、遅いんですか?  いや、早いよ。 ──またぁ。  書きはじめれば早いんだよ。書きはじめるまでに時間がかかるんだけだよ。 ──でも、6年といえば、小学校が丸々ですよ。中学1年生が高校を卒業しちゃうわけですから。  そういや、そうだね。少年老いやすく文学成りがたし、だよ。いや、正直に言うと、自分で言うのもなんだけど、前作の「安息の地」が完成度も高くてパワーもあったから、それがプレッシャーだったのかな。 ──オビに「報道番組を舞台に、TV局の構造とそこに生きる人々を圧倒的心理描写で描くクライム・ノベルの金字塔」とありますが。  クライム・ノベルというのは、幻冬舎の人が考えてくれたんだよ。いいよね。つまり、これはノンフィクション・ノベルのようでいて、そうじゃないからさ。 ──かりにモデルのような人がいても、事実ではない、ということですか?  うん。100人ぐらいの人に会って取材はしたけど、あくまでも"お話"、つまりフィクションだから。そこが、「安息の地」とはちがうところだよね。 ──"圧倒的心理描写"というのは、ほんとうにそうだと思います。主人公のニュースキャスターも、拳銃を持っている犯人も、ものすごくリアルで。「安息の地」もそうでしたけど。「ニュースキャスター」は、読者としては「安息の地」の系列にある作品で、あれで山川健一は変わったと感じた人は多いんじゃないでしょうか。  そうだね。「安息の地」を書く前は、途方にくれてたんだよ。いや、「ニュースキャスター」を書く前だって、「水晶の夜」を書く前だって、途方にくれてたけどさ。小説って、どんな作品でもゼロからスタートしなきゃいけないわけで、だから何をどうやって書き始めればいいのか、呆然としちゃうんだよな。  でも、とにかく、「安息の地」で、新しい世界がひらけたと思えたんだよね。自分のことではなくて、ある犯罪、事件というものを取材することのなかから小説を書く、という行為のなかに自分の文学的な未来があると感じられたんだよね。 ──でも、これはノンフィクション・ノベルではないんですよね?  どこが違うかというとね、これは100人読者がいれば100通りの感じ方があるとは思うんだけど、ハッピーエンドにしたかったんだ。日本は今ひどいことになっていて、毎朝、新聞を読んだりテレビを見たりするたびに、なんでこんな惨たらしいことが起こるんだろうって、絶望的な気分になるよね。日本ばかりではなく、世界がひどいことになってるでしょ。でも、そういう状況だからこそ、ハッピーエンドの小説を書きたかった。まあ、それは感じ方だから押しつけることはできないけれど、「ニュースキャスター」と「安息の地」の最大の違いは、ハッピーエンドかどうかってことなんじゃないかな。 ──でも、わたしは文学少女じゃなかったのでそう思うのかもしれませんけど、ストーリィをおっかけていくだけで、ぶ厚い本なのにあっという間に読んでしまいました。何箇所か、泣きそうになっちゃうという意味では、ああ、やっぱりiNovelで読んだ山川健一の小説なんだな、と。  ある種のハッピーエンドを目指すために、エンターテイメントがいいと思ったんだよね。本を読むスピードって、大事だからさ。クライム・ノベルというか、犯罪小説の巨匠って、世界に2人いるんだよね。それは、トルーマン・カポーティとドストエフスキーだよ。この間、自動車評論家の徳大寺有恒氏に会ったら、「カポーティは難解だけど、ドストエフスキーはわかりやすい」って言うんだよ。ああ、そうかもしれないな、とぼくも思ったね。カポーティの「冷血」もドストエフスキーの「罪と罰」もいい小説だけど、ストーリィ・テリングという意味じゃ、「罪と罰」のほうが読ませる力を持ってるんだろうね。  つまり、「罪と罰」のほうがエンターテイメントとしての力を持っているってことだよ。  そういや、オビの"圧倒的心理描写"ってコピーだけどさ、それがもし本当だとしたら、ぼくはそれをドストエフスキーから学んだんだと思ってるよ。 ■小説が持っている力というものを再発見したんだ  あと、犯罪小説のパターンという意味では、「罪と罰」と「冷血」の流れと、三島由紀夫の「金閣寺」と、ふたつのパターンがあるんだよ。 ──なんだか難しそうな話で、身がまえてしまいますけど。  いや、いたってシンプルな話。「罪と罰」や「冷血」は、肝心の犯罪が小説のはじめに起こるでしょ。「金閣寺」は、エンディングで起こるよね。そういう、ふたつのタイプに分けられるんだよ。「ニュースキャスター」は、そのちょうど中間で、こういうのは珍しいかもね。 ──この小説は、エンターテイメントで、テレビの世界の人たちの恋愛が描かれていたりするのでとても華やかですけれど、同時にとても重いテーマを持っているとも思うんですよ。この作品には、作家・山川健一の20世紀から21世紀に向けたのメッセージ、そういうものが込められているんですか。  (しばらく無言で考えて)ないな、そういうのは。遅れに遅れて、たまたま世紀が変わるところになっちゃっただけだから。ただ、前は、現実の進行するスピードにくらべて、小説ってのはなんて遅れてるんだろう、と思ってた。  「ニュースキャスター」を書こうと思ったのは1994年で、取材をすすめて、その年のうちにじつは500枚ぐらい書いてたんだよ。ところが、95年になると阪神・淡路の大震災があり、地下鉄サリン事件が起こり、ぼくが書こうとしていたテレビというものも急速に、大きく変わっていったんだ。 ──インターネットが普及しはじめたのもその頃ですしね。  そうそう、それだよ。で、結局、500枚の原稿は破棄して、震災の爪痕とオウム事件を報道し続けるテレビばっかり見てた。そうやっているうちに、1年なんてすぐに過ぎちゃった。ほんとのこと言うと、2年めに入った頃は、もうこの長篇は完成しないんじゃないか、と思ったね。気力がないというか、あの頃はぼくだけじゃなくてみんなそうだと思うけど、小説どころの話じゃなくて、日本という国の未来に不安と不信感をもってしまってね。人間嫌いになっちまった、というか。 ──そこから、どうやって立ち直ったんですか? わたしもよく落ち込むんで、参考にしたいんで、冗談じゃなくマジメに答えてください。  寝るんだよ、ぶっ続けで20時間ぐらい。それと、野菜をよく食べる。 ──もう、帰ろうかな……。  いや、冗談じゃないんだって。100パーセント、シリアスな答なんだって。よく眠る。これに限るよ。野菜を食べて、体から化学物質を追い出して、体のバランスを取り戻すんだよ。まあ、これは自分が落ち込んだ時の対処法なんだけどさ。女の子は、これで肌もきれいになるし。  ……もう一度「ニュースキャスター」に取りかかれたのは、小説ってものが持っている力というものを再発見できたからかな。インターネットとかゲームとか、つまりデジタルってものが加速して、一度そのなかにつま先から頭までハマッてしまうことで、わかったことがあるんだよね。ゲームとか、一度やり始めると、ぼくは10時間ぐらいぶっ続けでやってるから。 ──えーっ、山川さんってゲーマーなんですか?  ちょっとしたもんだよ。 ──似合わない(笑)。  有名はソフトは、ほとんど全クリしてるんだぜ。ドラクエなんて……。 ──その話は別の機会に、ということで(笑)。  はい、はい、わかりました。 ■恋愛中ならいくら傷つけ合ったりしてもいいけど ──でも、山川さんはITというか、デジタルは早かったですよね。「マッキントッシュ・ハイ」(幻冬舎文庫)という本まで書き、ホームページやウェブマガジンも早かったですし。  デジタルは、もの凄いスピードで情報を伝える。テレビだって、リアルタイムで情報を伝える。今は情報化時代だって言うよね。ゴミのように溢れる情報のなかから、自分にとって必要な情報だけをインプットするのが有能なビジネスマンである、とかさ。  OK、わかったよ。じゃあ、ぼくらもそうしよう。自分にとって必要な情報を探すことにしようよ。その必要な情報ってのは、数字じゃないんだ。そこが大切なのさ。敵が100人いる、というのはたいした情報じゃない。どんな武器を持ってるのかとか、布陣はどうかとか、数字に置き換えられる情報なんてものはたいしたものじゃないんだよ。そうではなくて、100人のうち50人はビビッてるようだとか、10人は油断してるようだとか、でも40人は闘争心が旺盛みたいだ、とか。そういうのが価値のある情報なんだよ。つまり、人の気持、心、情ってものを伝えるものこそが優れた情報なのさ。情を報じると書いて「情報」なわけだからね。 ──そう言えばそうですね。  ま、この話は深夜の喫茶店で五木寛之氏から聞いたことの受け売りなんだけどさ。 ──なんだ、そうなんですか。  株価とか視聴率とか失業率とか、そういうのに一喜一憂してはいけない。誰がどこでどんな気持ちで呼吸しているのか。自分はここにいて……。 ──"I'm here"(http://www.imhere.com/)ですね。  そういうことだね。自分はここにいて、どんな気持ちで毎日を生きているのか。それが大切なことなんだよ。そして、そういうほんとうに価値のある情報を、小説は伝えることができる。それを伝えることのできる小説を書くためだったら、5年や6年の時間はどうってことはない。そう思えたんだよね。そういう意味では、人間の気持ちっていうのものを、小説はまだまだこれから伝えていけるんじゃないかと思って。  よく、キレる、と言うよね。今年は10代の人たちがよくキレた。来年は、大人がキレるかもしれないね。でも、キレるってことと、怒るってことは、同じじゃないと思うんだよ。「ニュースキャスター」の狙撃犯は、怒ってはいるけれど、キレてはいない。ぼくは、そう思う。その証拠に、彼は必死で言葉を探しているからね。  腹の底から怒っている人の言っていることを、よく聞いてごらんよ。怒っているから声が大きかったり、話が前後したりしてるとしても、よく聞くと意外に論理的だよ。でも、キレてしまった人は言葉を失っている。言葉というのは大事で、それによって自分を表現するわけだからね。怒りは言葉によって表現されるもので、それさえをも失った時、人はキレるのだと思うんだ。ぼくらは等しく怒るべきなんであって、キレちゃいけないよね。必死で、言葉を探さないと。英語を勉強する前に、日本語を学ばないとさ。  今や銀行や証券会社や生命保険会社が倒産する時代でしょ。で、巨額な負債を背負って会社を潰したやつほど居直って威張ってる。政治家がなんと言おうと、テクノロジーがどれだけ進もうと、もはや「昨日より素晴らしい明日」なんてものを、誰も信じてはいない。階段をのぼっていく時代は、もうとっくに終わってるんだよ。  ゆるやかに、階段をおりていく勇気。そいつが必要なんじゃないかとぼくは思うね。あるいは、階段をおりていくための言葉が必要なんだよ。その言葉が、愛情や、悲しみや、ほんとうの怒りや、喜びを、つまり感情ってものを支えるんだよ。透明ではない自分を発見するための言葉。そいつが必要なんじゃないかな。中学や高校は、英語の時間を少し削ってでも国語の時間を増やさないとダメだな。  古謝美紗子さんという沖縄のシンガーの人に「童神」(わらびがみ)って曲があるんだよね。ぼくは、2回か3回、生で聴いたことがあるんだけど。3歳とか4歳ぐらいまでの子供って、神様のようにイノセントだってことから沖縄ではそう言うんだって、古謝さんに教えてもらったんだけどさ。その「童神」(わらびがみ)って言葉をちゃんと知っている人は、幼児を虐待したり殺したりはしないだろうと思うんだけどねぇ。 ──「ニュースキャスター」では、山川さんの恋愛感にも変化が見られたと思うんですけが。  恋愛中ならいくら傷つけ合ったりしてもいいけどさ、それが終わったら、いや終わったからこそ、相手をいたわる気持ちがほしいよね。激しい恋をくり返すのもいいけど、それが終わったら新しい恋にチャレンジするのと同時に、終わった恋も大切にしたい。あれ? なんだか、トシとっちゃったかな? ──そういうことじゃないと思いますよ。ニュースキャスターの主人公とプロデューサーの女性との恋は、なんと言えばいいのかな、いい感じというか、ああいう関係は素敵だと思いました。えーっ、でもこんないい女ほんとにテレビの世界にいるの、って気もしましたけど。でも、やっと、山川健一の小説に登場する女性達が男の人にコーヒーをいれてあげなくなったな、と。  そうかな? ──それから、今度編集長として「文学メルマ!」(http://www.melma.com/bungaku/)を創刊されましたね。  ここにね、美しい女神がいるとするでしょ。小説って名前の女神ね。でも、彼女は今や息も絶え絶えなわけだよね。そんな彼女を、みんなで助けてあげないと、とぼくは思うんだよ。森や湖や海を守るのと同じことでさ。それは、ぼくらの心、情ってものにとって必要なものだから。で、ぼくは今やデジタル、得意分野だから。デジタルな分野で自分のなすべき仕事をしよう、と。そう思ったんだ。 ──いろいろ、注目してます。  ありがとう。 ──ただし、次の小説がまた6年後とか、そういうのはナシにしてくださいね。  はい、了解。 (幻冬舎webより)
山川健一 著
『ニュースキャスター』
幻冬舎刊
定価(本体1600円+税)