I'M HERE home

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text by 石川正己(from " I'm here")

■日本人が抱えるチグハグさ

 じゃあ、飲んだり食べたりしながら聞いてください。
 今日はこの後、ルーディというもうずいぶん前からやってるバンドのライブをやって、その後2部はお客さんにも混じっていただいてライヴをやろうと思います。2部は夜中の1時くらいから朝5時までだから、みんなもう大人なので、各自の責任で終電で帰る人はミスらないように。2部はそういうことでブルースやチャック・ベリーやストーンズナンバーをやるんで、楽しんでください。
 昨夜、明日はどんなナンバーをやろうかなと思って、ぼくはマックユーザーなので、マッキントッシュでインターネットにアクセスして、【I'M HERE】の堀本真理美さんが作ってるリンクのページに行って歌詞をチェックしてました。ダ−ッとストーンズの歌詞が出ていて、ひっくり返してCD探さなくていいんだからね。今は非常に便利な時代になりました。
 いろんな歌詞を見ていたら、「AS TEARS GO BY」というナンバーがあった。日本語では「涙溢れて」って訳されていますけど、あらためて読んだらすごいいい歌詞で、5分くらいモニターを見てました。女の人にふられた男の人が、彼女を想いながら公園で涙を流しているという歌詞なんだけれどね。子供達が遊んでいて、それを見ているわけです。"Doin' things I used to do They think are new "という歌詞が3番にあります。これは、昔自分がやったこと、ブランコなのか砂場遊びなのか縄跳びなのかわからないけれど、公園で子供達が昔自分がやったような遊びをしているんだけど、彼等はそれを新しいことだと思っている、と。遊んでいる子供達を見ながら、自分ももう大人になってしまったんだなと思い、この主人公は涙を流している。そういう歌詞なんですね。
 いい詩だなあと思いながら、しかしハタと気が付いた。今渋谷の公園で小学生を見ながら涙を流している男がいたら、アブナイよねぇ(笑)。
 小学校6年生の女の子が、もうほんとにこことすぐ近くの場所で行方不明になっちゃって、発見されたのはいいけどそこには死体があったとかね。12歳の男の子が4歳の男の子を殺しちゃうとかさ。これは両親の教育が悪かったんだとか、学校の教育システムが悪いんだとか、そういうレベルをはるかに越えてしまっいて、ぼくらの社会というものがある危険水域に達しているんだということだろうと思います。
 あのローリングストーンズでさえ、危ない詩をたくさん書いているバンドですけど、こういう事態は予測できなかったんじゃないかな。なんかごはん食べてる時に話すような内容じゃないかもしれないけど、暗澹とした気分になりますね。だから、まず僕らが今暮らして呼吸しているこの社会というもの、あるいは地球というもの、あるいは環境問題を含めたこの世界というものが、すでにレッドゾーンに入っているんだと認識することが大切だと思います。今は経済的にも精神的にも非常時なんだというふうに覚悟を決めるしかないんじゃないかな。

 ぼくはあまりテレビはみるほうじゃないんだけど、あまりにも暗いニュースが多いので、やっぱりスポーツ番組を見ることが多くてね。イチローが出るゲームはなるべく見るようにしています。今はサッカーがトレンドで、ぼくも中田とか俊介なんて名前をいろいろ覚えて、サッカーのルールも理解し、こんな場所でもサッカーの話なんかできたらかっこいいかなって思うんだけど、まあ年齢的に言ってぼくは野球なんだよな。
 その野球の方でも、松井がサヨナラホームランを打ったり、イチローが首位打者をキープしたり、というニュースがコンビニの立て掛けてある新聞に書いてありましたが、松井とイチローの活躍を楽しみにしています。
 ぼくはよく夢を見るんですが、ぼくが見る夢とはカラーで、ストーリーがついていて、起きた後もすごくよく覚えているんだよね。このあいだはイチローの夢を見ました。ニューヨークに行って、イチローと飯を食うんだよね。イチローって会ったことないんだよ。実際には、もちろん全然知らないんだけど、「あ、山川さん久しぶり」って来るわけよ、イチローが。「おお、がんばってるじゃん」みたいに言って、握手してね。で、盛り上がって、店を出ようとしたらイチローが払ってくれちゃってるんだよね。東京に帰ったらこっちが払わなくちゃまずいなぁと思って、「じゃあオフに東京に戻ってきたら連絡してね」ってイチローに言ってるという夢です。あ、俺ってイチロー好きなんだなって夢から覚めて思ったんですけどね。
 その少し前は、ぼくは広島カープのファンなんで、ジャイアンツはあんまり好きな方じゃないんですが、原の夢をしばしば見ました。ぼくは男の兄弟しかいないんだけど、どういうわけか自分に妹がいるわけです。その妹が原と結婚してるんだよね。つまり、夢のなかのぼくは原の義理の兄なんだよね。原は監督じゃなくてまだ現役でね。
 義理の弟である原に、ぼくは自分が広島カープのファンだって事をひた隠しに隠してたわけ。そうすると試合が終わると電話がかかってきて、「お兄さん、見てもらえました? ぼくのホームラン」みたいなことを言われるんだよね。ぼくはカープ戦で原が打って、腹が立ってしょうがないんだけど……下らないね、こんな話。ま、こういう下らない話をしながら、チューニングしてるんだよね。ライヴと同じでさ。
 ぼくがイチローのどこが好きかというと、あの人のスタイルというのは、大リーグの野球を変えたと思うんだよね。ぼくは専門家じゃないから詳しいことはよく解らないけれども、打てて、走れて、守備がよくて、イチローってそういうプレイヤーでしょう。日本のジャイアンツがお金で買うような人たちは、みんなホームランは打てるけど、守れないみたいなタイプの人が多いんだけど、イチローは打てて走れて守れる。スウィングのヘッドスピードだけではなく、何をやらせてもすごくスピード感がある。イチローは、大リーグの野球にスピードを持ち込んだんだと思います。そこが、やっぱり日本人の野球なんだよね。そこが好きなんですよ。
 つまり、大リーグに行きながら、日本人が編み出した日本人としての野球をやって、それで成功している。そこがすごく素敵だなって思う。
 日本人は、道ってものが好きなんだよね。柔道なんていうでしょう。オリンピックで、おかしな判定で金メダルを取れなかった人がいたよね。誰だっけ? そう、篠原信一選手だ。あれには、ぼくもすごく腹が立ったんだけど、柔道というものとオリンピックの柔道競技というのは、全然別 物だというふうに割り切らなきゃいけないんだと思い知ったね。
 日本人は、その過程を大事にする。道というものがすごく好きで、例えば茶道なんかは、お茶を飲むことが大事なのではなくて、お茶を飲むその空間、お茶を飲むという行為、お茶を飲むその過程、プロセスそのものをアートにしたのが茶道というものです。あれは、一種の宇宙観だからね。竹を使って穢れを封じ、聖なる空間を演出しようとするわけだから。
 柔道というのも、勝ち負けは本来はどうでもいいんだよね。あくまでも道なわけだから。
 あるいはその仏教なんかも仏道修行なんていって道をつける。その道という考え方は、日本人にとって非常にファミリアなものだろうって思うんですね。それが例えばオリンピックの競技会場に行ってスポーツになってしまうと、もう柔道じゃないんだよね。柔らかい道が柔道なのに、それが一度グローバル化すると柔道ではなく、柔道競技になってしまう。
 篠原がおかしな判定で破れたというのは非常に象徴的なことで、我々は道だと思っているのに向こうは競技における勝敗だと思ってる、あるい単純にスポーツだと思ってる。そういう落差があるんじゃないだろうか。そういう落差が、今の日本の経済を含めた苦しさとか、チグハグさというのを作っているようにぼくは感じます。
 明治維新以降、あるいは戦後、ぼくら日本人のすべてはそんなチグハグさを生きてきたんだとも言える。今夜ここに集まってくれたみなさんは、多分、ロックフリークスの人が多いと思うんだけど、日本語でロックを聴くことのチグハグさみたいんなものを感じたことはないでしょうか。あるいは、日本語でロックを歌うことの困難さでもいいけど。
 ぼくは若い頃、なんで自分は1940年代のロンドンに生まれなかったんだろう……と、何度も思ったものです。でも、今はそうは思わないんだよね。自分が抱えるこのチグハグさ、日本でロックというものを愛するチグハグさのなかにこそ、実はとても大きな可能性があるんだと気がついたからです。


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