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■和魂こそがぼくらのロックスピリットなのだ

 あのー、今何分くらい経った? まだもうちょっと話していいのかな? あと5分? わかった。ほんとはあと30分くらい話したいんですけど。ぼくは男なんだけどすごいおしゃべりだから、しゃべりはじめると2時間でもしゃべってるからね。
 でも、あと5分しかないので、でもこれは本当に伝えたいことなので、今日はめずらしくメモ作って。見ていないけどさ。講演会でメモを作ったのって生まれて初めてだよ。
 でもこれだけはどうしても伝えたいと思って、言いますけど、ここに来る人は、多分ロック好きだよね? 好き? 好きだよね、ロック。で、ロックスピリットとかさ、持ってるでしょ。ぼくも持ってる。じゃあ、ロックスピリットって何? 僕らは、日本人として生まれて英語もよくわからない。ぼくはストーンズの歌詞大体全部覚えてるけど、英語の知識ってほとんどそれだけだよね。
 なのにロックが好きだ。異端ですよね。日本においては。
 いや、世界のロックファンのなかでも、どう考えても異端だろうという気がする。孤独なロックファン。それが日本のロックファンのありのままの姿だろうと思います。
 でも、ロックスピリットは持っていたい。
 THE RUDIEというバンドで「GOD OF ROCK'N ROLL」という曲を書いて、今日もあとでやろうと思いますけど、ぼくとしては、あれは冗談だけど本気だからね。「GOD OF ROCK'N ROLL」に、ロックンロールの神様に恥ずかしくないように生きていこうと25、6の時に思ったわけだよね。
 でも、日本人のロックスピリットって何だろう? そんなものないじゃないかって何度も考え、ぼくはやっと気が付いたんだけど、さっき言った日本が明治維新以降、あるいは戦後失ってしまった和魂というのが、実は僕らが探し求めてきたロックスピリットというものなんじゃないでしょうか。
 僕らは日本人である限り、あるいは日本で生まれて育っている限り、ベースにあるつまりUNIX部分は道教である、と。だからこそ、いろんなものを共存して受け取ることができる。
 ロックするということは、自分らしくあるということです。良心のところを大事にし、自分らしく生きる。それがロックするということであり、ロックスピリットというのはそういう固有の精神に与えられた名称です。
 ぼくらは日本という名前の文化に冒され、そのなかでもがきながらも自分らしく生きようと努力し、そして死んでいく。それこそが、ぼくがもう30年も探してきたロックスピリットなんじゃないか。
 だから、今のぼくにとっては、ロックスピリットというのは和魂と同じなんだよね。
 「死ぬな、生きろ。」に書いたように、ニューヨークのチャリティーコンサートでロックは死んだとぼくは本気で思いました。でも、ちょっと待てよ、と。そういう混迷するロックシーンに僕らが提示できるものがあるはずでしょう。それこそが、「和魂」であり、ぼくらに固有な「ロックスピリット」なんじゃないかなと今は思います。
 僕らはすごくいい加減でいろんなものを受け取れる。そういうシステムをもう自分の体の中に持っている。だからそれを、むしろポジティブに捉えるべきなんじゃないか。
 それから、5分では話しきれないんで、これは詳しくはそのうちどこかで原稿を書いたりしようかと思いますけど、ぼくのさっき話した瀬戸内海に住んでいたおばあさんというのは、非常にぼくをかわいがってくれて、子供の頃は夏になるとそのおばあちゃんに会うのが楽しみでね。祖母が亡くなり、告別 式のために帰郷したら、テレビの上にね、子供のぼくと祖母がその家の前で二人で並んで写 ってる写真が置いてありました。それ見たら、涙がこぼれましたけど。
 その祖母が生前、「コウ」ってことを言うんですよ。「今日は、コウの集まりやけぇ」って。「何? コウって」と聞いたんですけどね。「コウ」というのは、講談社の方がいらしてますけど、講談社の「講」って書くんだよ。講談社の講と書く「講」というのがあるんです。
 それは、今も多分あると思うんです。それは何かって聞いたら、組合みたいなもんだと祖母は答えるわけですね。半農半漁の村ですから、ある家が船を新しくしなきゃいけないとか、何かお金がかかる時にその「講」というものに集めた、預けておいたお金をそこの家に貸す。そんなふうに銀行みたいなこともするし、あるいは昔は藁葺き屋根だから、屋根の葺き替えをするのはすごく大変だったわけですね。その屋根の葺き替えをする時にみんなが手伝うとか、そういう生活共同組合みたいなもんだって、祖母は子供の小学生のぼくに教えてくれた。
 でも、大人になっていろいろと本なんか読むとわかるんだけど、それだけじゃないんだよね。
 「講」というのは、浄土真宗の一種の細胞なんです。浄土真宗というのは昔は一向宗といって、本願寺と信長が昔争った時に信長が三万人の人を皆殺しにしたという話がありますけど、権力に弾圧され続けた。浄土真宗というのは、一向一揆をたくさん起こしたわけだよね。一向一揆を起こして、それで弾圧されるわけだ。あの身分制度がある時代に、阿弥陀如来の前では全員平等だって考え方ですから。その弾圧というものは、半端なものではなかった。多くの人がそれで死んでいったわけです。その時に信仰を守る組織が「講」だったんです。「講」と「講」が連絡を取りながら、お互いに情報交換し、ひたすら信仰を守る。  祖母がそういうことを知っていながら子供のぼくには何も話さなかったのか、祖母の時代には既に形骸化していたのか、今となってはもうわかりませんが。


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