I'M HERE home

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■岩石御同朋をめざして

 今、我々の社会はレッドゾーンに入ってしまった。危険水域に入ってしまっている。
 そういう時に、例えばオウム真理教とか、あるいはラエリアンという宗教団体がありますよね。あれも否定できるかというとなかなか難しい。オウム真理教の人たちが言っていたことや、ラエリアンが主張するクローン人間肯定論なんかを否定するのはなかなか難しいと思います。
 ラエリアンのブリジット・ボアセリア博士というのは、何度もテレビに出ていましたけど、ぼくは小学館の「SABRA」という雑誌に連載を持っていた時にそれを扱おうかと思って、新宿のホテルで行なわれたブリジット・ボアセリア博士の記者会見に行ったことがあるんです。
 で、それはちょっと書きようがないなぁと思って、原稿には書きませんでしたけど。つまり、クローニングというのは、未来の技術である、と。科学こそが宗教なんだ、というのがラエリアンの考え方なんですね。オウムの人たちも一種そういうところがあった。
 そういう宗教団体が目の前にある時に、それを果たして否定できるのか。それともすべての宗教を否定し、12歳の男の子が4歳の男の子を殺していくのを指をくわえてお前は見てるのか。僕らは非常に難しいところに立っていると思います。
 未来はアニミズムやシャーマニズムの向こうにしかないんだ、という予感がある。そういう時に、新しい宗教の芽を否定しさることが果 たしてできるのだろうか。
 それから、これは【I'M HERE】のBBSにちらっと書きましたけど、「フォトンベルト」というのがあるらしいね。それは、あるところまでは事実で、あるところまでは一種のSFなのかもしれないですけど、つまり地球というのは、周期的に「フォトンベルト」に入る。すると、そこは光のエネルギーが強くて、完全にそこに入ると地軸が歪むんじゃないかとか、異常気象が続発するんじゃないかとか言ってる人たちがいます。
 そういうようないろんな新しいことが、誰も予想できないようなことが、あるいは誰にも解説できないような事件が起きる今、生きていくのは、非常に難しいことだと思います。
 今日は、十代の若い人たちも来てくれてますけど、今この現代を生きていくというのは、非常に大変なことなんですね。ぼくの誕生日なので、みなさんは互いに知らない人ばかりでしょうが、ぼくだけはほとんど全員の方を知っていてメールの交換もしてる。
 そのなかには、すごくヘヴィな問題で悩んでいる人もいれば、過去にすごく辛い思いをしたことがある人もいる。今現在、様々な問題を抱えてる人もいます。『黒革と金の鈴』のような問題で行き詰まってしまってる人もいる。でも、それは、あなただけじゃないんだということを知ってほしいとぼくは思います。ある意味では、全員そうなんだよね。ぼく自身もそうだし。
 今ひとりで、私だけだと思ってる人がいるかもしれない。でもそれは、絶対そうじゃない。百人いたら百通 りの問題をみんなが抱えながら生きている。
 みんなが不安だし、12歳の男の子がなんで4歳の男の子を殺しちゃったのか、なぜそれを止められなかったのかという設問に答えられる人は一人もいない。
 みんな傷を負ってる。
 それで、誰かさ、マジックペン持ってきてくれないかな。親鸞が、その「講」をベースに「オンドウボウ」ってことを言っています。こう書きます。「御」だね。同じ。月二つ(朋)。「御同朋」と書きます。これは、「講」の中にいる相手のことを意味する言葉です。講の仲間と語り合えってことを言ってるんだよね。
 親鸞は、自分は偉いんじゃないと、一番偉いのは阿弥陀で自分はみなさんと同じであると言っている。自分は全然偉くないし、みなさんに教える立場でもない。でも、みなさんと語り合いたいんだというふうに親鸞は言いながら、何度も結婚して多くの子供を作った人なんだけどさ(笑)。
 阿弥陀の前では等しく、殿様も武士も被差別部落の出身者も全員同じなんだ。みんな等価なんだ。しかし、人間は弱いからみんなで語り合わなければだめだ。語ることによって自分の考え方もまとまってくるし、本当の考え方の交流ができると言っています。
 そして「御同朋」というは、とにかく集まって話せ、と。そこにしか解決策はないと、いう意味です。ぼくは本当にこれはもっともだと思って、ぼくが今度やろうと思っているのは、浄土真宗じゃないから、こうだよ。
 (みんなに紙に書いて見せる)
 「岩石御同朋」だよ。ロックだよ、つまり。残念ながら阿弥陀仏じゃないんだけど、「GOD OF ROCK'N ROLL」について、日本の孤独なロックファンが自らの誇りと良心と生き方について「岩石御同朋」で語り合っていこう、というようなことを考えているわけです。
 そうする中で、朧げながら未来が見えてくるかもしれない。仏教で、二河白道(ニガビャクドウ)ってことを言うんですね。つまり、西方浄土に至るためには、右も左も河であると。その真ん中の細い……レオンラッセルに「タイトロープ」って曲があったけど、そのタイトロープのようなところを歩んでいかなきゃいけない。落ちるかもしれない。でもその細い道を通 ってしか浄土には行けないんだということを二河白道というふうに言うんですね。
 その二河白道をひとりでいくのは非常に困難です。あるいは今日一日メシ食って、風呂に入って寝る、それだけでも、それをひとりでやるということはすごく大変なことだと思います。だから、今後「岩石御同朋」と称してですね、この手のイベントをたまにはやりたいと思っているので、みなさんまたいらしてください。
 「GOD OF ROCK'N ROLL」の前では、親鸞に習って言うならば、あのミックジャガーでさえ別 に偉くはないんだよ。ミックは歌が上手かもしれないけど、ミック一人ではライブなんてできないわけですね。キースがいないと。チャーリーがいないと。ロニーがいないと。
 だからぼくは、あの遺伝子操作って嫌いで『ジーン・リッチの復讐』を書いたんだけど。すごく上手なギタリストの遺伝子をクローニングしていっぱいギタリストを作ったってしょうがないでしょう。
 全部違う個性を持っていないとね。ある奴はタイコが上手い、ある奴はギターが弾ける、ある奴は歌が歌いたい。楽器だけではなくて、5人なら5人の会社で、ある奴は几帳面 、ある奴は大雑把、ある奴は怒りっぽい、ある奴は我慢強い、そういう全然別々の個性が集まってできるのが、本来会社というもので、そういう会社にいる人は幸せだよね。画一的に同じ偏差値の人を集めても、そんなものがうまくいくわけがないとぼくは思います。
 それぞれ全部違った個性が集まって、その個性が生かされる集団というのが最も素晴らしいわけで。だから、偏差値教育とか遺伝子操作とかいうのは、あんまり意味がないんじゃないかなとぼくは思うんだけど。
 また話が飛びましたけど、冒頭に話したように、世界のレベルでぼくらの社会は今危険水域に入っていて、非常にまずいことになっている。そういう中で、ひとりで生きていくのはすごく大変なことで、だからぼくらはお互いにしゃべり合い、情報を交換し、ときにはケンカもしなければならないんだと思います。そしてぼくは、【I'M HERE】がそういう場になれればいいなと思っています。次の機会には、「一所懸命」と「一所不住」ということについてお話したいと思います。
 「岩石御同朋」。ぼくは今夜50歳になりますが、まだまだ走るので、みんなついてきてね。じゃあ、今夜はどうもありがとう。(拍手)


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